ちょっとお別れして
「この辺でいい」
「ほんにコウケンの真ん前じゃな。まあ、余計な心配はすまい。またのちほど会おう」
「ありがと、マナ。ツチイエ、いってくれ」
「ああ、もしも健診終了までに帰らなければここまで迎えに来るので待っているといい」
「ん。ありがとう。いってらっしゃい」
アッペンの宿屋をあとにした一行は一路カシウアザンカを目指し、サイの希望通りコウケンの森の真ん前で車を停めてサイをおろし、簡単に挨拶をして再び走りだした。
サイはしばらく車が進む先を見ていた。先になにもないことを祈って。そして、車が無事、小道に入っていったのを見届け、サイは周囲の気配を探ってからコウケンの森に入った。万が一にも見られていたら大変だ。大騒ぎになってしまう。それもまた彼に迷惑。
そんなこんなを考えつつサイはコウケンの森を奥へと進み、いつかの空き地に抜けた。
「あなたは……」
「お前……」
そこで陽向の暖かさにうつらとしていた者がサイに気づき、驚きの声をあげた。見覚えのある瞳の色をしている。淡い藍色の瞳。はじめてカシウアザンカにいった時にサイが罠から解放してやった狼だった。おそらくメスだと思われるそのコは驚いている。
縹色の瞳を戸惑いと喜びに染め、彼女はどうしたらいいか、とおろおろしている。
なので、サイは簡単に用向きを伝える。
「主殿、アカツキに会いたいのだが」
「アカツキ様、に? あ、お呼びしてきますが、その……あの、わたしの噛んだ痕は」
「もう治った。心配要らない。私はそんじょそこらの腑抜けと違って頑丈なのだ」
マジで。アレほど盛大に噛まれたのだからもうちょっと傷が長引くかと思ったが、気づいたら綺麗さっぱり治っていてサイもびっくりした。もしかしたらだが、サイの無意識が勝手に癒しの呪をかけている可能性がある。
便利だが、異質なものは気味悪がられる。マナがそうした反応をするとは思えないがしかし、それでも異質であり、異常であり、特異なものは煙たがられ、避けられる。
それが世の中の当然だし、サイだって自分のことじゃなければ「こいつ変態」とか平然と考えそうだ。それくらいの奇妙なほど強力な自己治癒力だとの認識はある。
「お嬢様!」
「
サイが自らの異常性について考えて無駄に遊んでいると森の奥から巨躯がやって来た。
軽やかにそれでも重い音を立てて現れた漆黒の毛と紺碧の双眸が美しい狼。アカツキはサイがここに再び現れたことになにかただならぬ予感でも覚えたのかひどく心配そうだ。
いやまあ、実際只事でない事態になっているのだが、それはちょっと置いておいて。
サイは薄く微笑み、アカツキに歩み寄って彼の首に両腕をまわして抱きついた。これにはアカツキもびっくりして何事かと狼狽えている。サイの突然無言の行動が持つ意味をはかりかねて。サイは悪い、と思ってもアカツキの毛皮に顔を埋めて悲痛を殺した。
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