即座の追手


 旅は順調。道に邪魔な障害物もなければこのエネゼウルの車を襲う賊の類もいない。


 どんな剛胆を持つ賊でもエネゼウルと見聞きすれば途端顔面蒼白になる、というもの。


 それくらい戦国でエネゼウルに喧嘩を売る真似は無謀というより阿呆の所業なのだ。だから、先より車の進路を歩いている者たちもさささっと道を開けてくれる。


 迂回したりなんだりがないので楽といえばそうだが、いい加減反応に飽きるな、とツチイエが思っているとサイが車内から顔をだした。思わずドキリとする。それくらい、マナに引けを取らないほど、もしくは以上に美しい娘だから。が、美貌にあるのは警戒。


「どうした?」


「なにか聞こえる。確認の声と林を走る音。背後に異音なし。前と側面だ。停めてくれ」


 サイが停めてくれ、と言い終わるなり大量の矢が降り注いできた。そして、エネゼウルの車を守るように壁がそそり立ったのはほぼ同時。闇色の壁だが、あきらかに土属性、それも極意たる鉄製の壁に弾かれて矢が軽い音を立て、地面に落ちていく。


 すべての矢が弾かれて地に落ち、一瞬の静寂のちに林からひとがでてきた。現れたのは若葉色の鎧を身に着けた十名からなる小隊。マナが言うようにかなり手まわしが早い。こういうところもウッペが東国で一の強豪国たる証拠だろうか?


 不意にそんなことを考え、サイは目でツチイエに車に戻ってマナの護衛を頼んだ。ツチイエは若干サイを案じているようだったが、女の瞳に決意を見て任せることにした。


 素早く御者台からマナのいる車内に入っていく。サイは車をおり、現れたウッペの兵たちに対峙する。相手の兵装から足軽とあたりをつけ、サイは無表情で相手の言い分を待った。突然矢を射かけてきた。相応の言い分がある筈だが、小隊長の口は毒を吐いた。


「世界の毒め、ここで滅びろ!」


「……そう」


 なるほど、とサイはそれだけ思った。深く考えない者にはわかりやすい単語であり、意味もわかりいい言葉だ。世界の毒。それすなわち世界の敵であり、ゴミの証明。


 ファバルらしい残酷な認識を兵たちに敷いた。この時、サイはその認識を悲しいとは思わなかった。ただ、ココリエも同じに考えてしまうだろうか、とそんなくだらないことを考えてしまった。もう関係ないと頭で理解しても心はまだ彼のそばに残りたがっている。


「お前はココリエ様と戦おうとしなかった」


「それが?」


「鍛練であってもだ。ココリエ様に苦手はないと言いつつ、本当は中・遠距離戦が苦手なんだろう!? 悪いとも思わぬ。情けもかけぬ。ここで死んで滅びろ、邪な猛毒め!」


「……」


「ふっ、図星か。かか」


「笑止」


 小隊長の「かかれ!」との号令は最後まで続かなかった。サイの指が凶器らしからぬ凶器を弾き、男の額に穴を開け、貫通。貫いていった鋭くない凶器が勢いを失くして地面に落ちる。それは血と脳漿にまみれていたが間違いようもない、ただの百シン硬貨だ。


 あまりのことにウッペで鍛えられ、心身共に頑強な兵士たちが硬直する。サイの指が弾いた百シン硬貨が小隊の長を担う男の頭に穴を開けて殺した。それだけの情報が飲み込めない。ありえない。金銭が凶器になったことも。サイが躊躇なく殺したことも。


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