殲滅して


「私は偽りを吐かぬ。ココリエには正直に話してきた。それを戯言としたことを後悔して死ね、無能。私の敵は私の手で葬る」


「ひっ」


「悲しいかな、弱き者は地に這い蹲っていればいいものを。のこのこ猛獣の前に現れる」


 言いつつ、サイの手が袖口から新しい硬貨の束を取りだして構えを取り、射出。目の前に現れた残りの九人を確実に、追いまわすでもなく、硬貨で射殺していく。


 次々撃たれていく兵たちは後悔した。出立前ココリエ王子に言われていたことを真に受けなかったことを。サイの間合いは変幻自在。距離など彼女の前では瑣末でしかない。


 失念したのではない。ただ冗談だと思った。それを後悔している。本当に女戦士は距離をどうでもいいこととして扱っている。もちろん一番の得意は身ひとつでの超近距離戦だろうが、それ以外の攻撃範囲を侮っていた。


 そうしてひとりにつき一秒も使わず十人小隊を殲滅したサイは側面の林に視線をやったと同時に消える。林からあがる恐怖の声。


 なにも知らない旅人が通りがかり、先んじて殺されていた者たちを見て、エネゼウルの車に気づき、不穏な噂を知っていたが為に「ぎゃあ」と叫んで逃げていく。


 声に気づいてサイが林からでてくる。


 手には黒い刀。ジュウジュウと威嚇の音を奏でる《黒殺こくさつのリギア》を握っている女戦士は逃げていく旅人の背を見てなんだ、と思った。なにか化け物でもでたのかと思ったようだが、林の中を振り返り見る。


 暗がりの中、そこにも屍山血河が広がる。


 ウッペはサイを過小評価していない。


 全部で三十八名を先遣隊として送り込んできたことを考えると。だが、慎重になっている。戦国の柱を派遣して一気に押し潰さない辺り、サイが元同僚を斬れるか、殺せるか、試している。舐められたものだ、と思った。


 だが、同時にサイはほっとしていた。たかが見たことがある程度の顔ばかりであったことを。この隊の長をココリエが担っていたらもしかしたら結果は違うものになっていたかもしれなかった。それくらいサイはココリエに感謝していたし、悪いと思っていた。


 人間として受け入れてくれたはじめてのひと。ここにいていい、と言ってくれたひと。


 ファバルの命令で冷たく当たっていた。そのことを悪いと思っていたし、ついぞ謝る機会がなかった。ココリエを冷たく無視する度に心臓が軋んだ。苦しかった。そばに在っていい、と言ってくれていたのに……。


 ここにいていい、ウッペで共に生きようと言ってくれた。はじめて受け入れてくれた。


 それなのに、最後はその彼に挨拶すらせずにウッペをでた。恩知らずもいいところだ。


「サイ、状況は?」


「殲滅完了。今、死骸をのける」


 死骸。まるで蟲の骸を言うように元同僚の死体を言った女戦士は見たことあるようなないような微妙な顔見知りを足蹴にして道からどける。同時にエネゼウルの車を守っていた漆黒の壁が崩壊。無と土に還っていった。


 御者台にでてきたツチイエはサイを見る。


 女戦士の無表情にはなにもない。元同僚を殺したことへの罪悪も痛みもなにも……。


 もう彼らはサイにとってただの敵。その認識が知れてほっとした。だが、油断は厳禁。今回は有象無象だったが、柱の戦士や王子がでてきたらわからない。特に王子はマナの夢視によるとサイにとって特別な存在。


 悪魔として、心ないひとでなしとしてひとりで肩肘を張っていた彼女をはじめてひととして認め、悪魔というサイが自らかぶった汚名を洗い流した心優しい青年。


 それが敵として現れたらサイはどうするだろう? 悪魔に戻って殺すのだろうか。それとも躊躇し、致命的な隙を与えて殺されてしまうだろうか。……わからない。


 サイはマナに大丈夫だと言ったようだし、この殲滅……一方的な殲滅を見る限りは平気そうにうつるが、相手はココリエではない。


 あの青年がでてきた時、サイがどうするかは未知。一瞬でも無理をしている雰囲気がでたら交代するつもりでいるツチイエだが……サイはどうするだろう? 己の手でウッペにケリをつける為にも戦うだろうか? だとすればツチイエの気遣いも余計な世話。


「だしてくれ」


「ああ」


 死体の最後のひとつを蹴り飛ばして道を開けたサイの言葉にツチイエが応える。サイは身軽に御者台にのぼってするっと車内に入っていった。この身軽さでウッペの虎を軽々超える剛力を誇るというのだから、恐ろしい。だが、だからこそ頼りになる。


 エネゼウルの車が走る。まるで何事もなかったかのように。南へ向かって走っていく。


「なんてことだ、あの女は、悪魔だ」


 その背後で呟くひとり。若葉色の軽甲冑を着込んでいる彼は冷や汗が止まらない。元同僚であった女の行った虐殺に震えて怯える。やがて踵を返し、ウッペに戻る道をゆく。


 サイの所業を報告し、さらに強化した戦力で追わねばならない、と伝える為に。


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