不気味な車


「……む?」


 悲しい。辛い。でもきっとサイの方が万倍も辛い。ひとりで痛みを抱えているのかと思うとどうにかしてやりたいが、どうにもできない。今、サイに近づけば場合でサイは……。と、思っていると、サイがココリエの隣から移動して前にでた。はて、なんだ?


 サイの突然の行動、護りの行動に疑問を抱き、彼女の頭の陰からそっと先を見てみるとなんと言っていいのか。非常に毒々しい黒塗りに曼珠沙華の花を散らした車が走ってきた。車を引くイークスたちもここら辺に生息し、飼育されているものではない。


 羽毛が短く、薄い。まるでどこか暑いところから来たような……。ココリエが車やイークスを分析していると車がこちらに進路を取って寄ってきた。なのでか、サイは背にココリエを庇い、一歩だけさがる。立場逆転もいいところだ。少女に守られるなどと……。


 そうこうと思っていると、車が徐行し、サイたちの目の前で停まった。都の人間たちは不気味な車を恐々と見つめて近寄らない。うん、とっても正しい普通の反応だ。


 ココリエも車がこちらを目指して来たのでなければ遠巻きに観察したいところだ。


 なんというのか、禍々しいような、神々しいような……表現に困る空気を持っている。


「何用?」


 だが、サイに禍々しいとか神々しいからとかいう概念は欠片ぽっちもないらしく、なんの用でこちらに来たのか、と訊きながらいざの際にココリエだけでも守れるよう、そっと帯の背に隠していた小刀を取りだしている。どんな時も抜かりなし。うん、見習おう。


「ほほう? これなるを見て退かぬか」


「無機物に引き、後退する意味が知れぬ」


「この車の意味を知らぬ、とな? ……なるほど、所詮噂は噂か。よき肝の据わりよ」


「イミフ」


「いみふ? ふふ、変わった言葉を使うようじゃのう、娘。まあよい、その顔、直接見たい。これへ参れ。ツチイエ、案内を」


「はい。マナ様」


 車中から聞こえてくるのはまだ若い女の声だが、喋り方は老人のもののようだ。鈴のような声でツチイエ、というひとにサイの案内を言いつけ、椅子から立ちあがったのか、木の軋む音がかすかに聞こえてきた。そして、同時に御者台の男がおりて、寄ってきた。


 男はサイの前に立ち、恭しく頭をさげて手を差しだす。淑女への態度と対応だった。


 なのに、サイときたら……。


「イミフ。失せろ。キショい」


「サイ、知りあいなのか?」


「初対面」


「だったらもう少し遠慮してくれ。暴言三連発はさすがにひどいし、なにより失礼だ」


 しかも、気持ち悪いの上の上に位置しているとサイが勝手に言っていた「キショい」が飛びだすとか失礼すぎる。しかし、男は微塵も気にしたようになく、サイに手を差しだしたまま動かない。サイは瞳を細め、ココリエをそっと押し、城の方へ歩きはじめる。


 こ、この対応をされて退散決めるとか、サイの脳味噌はどういう構造になっているのだろうか。不思議すぎる。と思ったが、そんなもので逃げられる筈もなく、車から笑い声が聞こえてきた。女性の声が笑っている。くすくすと愉快に、上品に、笑いを奏でる。


「逃がすな、ツチイエ。連れはどうでもいい。その素晴らしきを抱く娘をここへ連れよ」


「では」


「うむ。武装を許可する」


「かしこまりました、マナ様」


 ココリエがサイの脳構造の不思議を考えていると車の女性と男が不穏な会話をはじめ、中でも女性の命令は聞き捨てならない。武装を、許可? いや、まさか、と思った時にはもうココリエは尻もちをついていた。サイがココリエを突き飛ばして男に対していた。


 女戦士の武器は先の小刀。男の武器はなんと、傘。……傘? なぜ雨具が登場?


 そうは思ったが、女性の声は武装を許可すると言った。もしや、傷つけないように手近にあった傘を手にした? と思ったココリエと違い、サイは油断なく、小刀を振って距離を離しついでにココリエをさらにさがらせるのに、立たせて強めに押す。


 ココリエは視察だからと武装をなにも持ってこなかったことを後悔し、サイの無言の指示通りさがる。が、ふと男が笑い、跳躍してココリエの背後を取ったのでサイは反転し、間一髪でココリエの背後の男が突きだした傘の先を小刀で受けた。瞬間、赤が散った。


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