猛毒の緋傘
「え?」
「……っ」
ココリエが呆けた声をあげると同時、サイが痛みを堪えるように唸り、裂けた肩の傷を押さえて、無理に捩った体を戻しつつ、魅惑の脚線美で空気を裂き、男の傘を蹴る。
あ、折れたな。と思ったのは一瞬。傘はなんと、無事な姿でそこにあったのだが、少々普通の傘でない姿をしていた。朱塗りの優雅な美しい傘だが、その先端からは仕込み刃が飛びだしている。刃には赤が付着している。サイの肩を切り裂いた凶器がそこにあった。
「サイ!」
「一定以上離れるな」
ココリエの悲痛な叫びにサイは応えず、簡単な指示を飛ばして再び小刀を構えたが、どう考えても間合いが不利すぎる。それに相手はサイがココリエを庇って守っているのを見るなり、正面からでなく、ココリエを狙ってサイに庇わせ、負傷させた。
ただ、あの程度の怪我でサイの動が鈍る筈がない。さらに言えば、サイの間合いは変幻自在。苦手な距離はない、と言って百シン硬貨を親指で弾いて飛び道具の凶器にし、ココリエを虐めてくれたこともある。
なので、心配無用と思いたいのに、どうしてか胸騒ぎがする。サイに限って負ける筈がないと思えども、足手まといの自分がいるので戦いにくいとは思っている。
しかし、いまさらへたに距離を稼ごうとしてもあの男、ツチイエはココリエを狙ってまたサイを陰湿な手で傷つける。そう思うと、サイの指示に従うべきだ。つかず離れずを保ち、ココリエはサイを心配しているが、ツチイエは余裕綽々と微笑んでいる。
サイは小刀を片手に構えたまま、対抗できる武器を創造しようとしているのか、右手に闇が渦巻いているが、一向に武器が現れない。どうしたことだ、とココリエが不思議に思っているとツチイエがもうひとつ微笑み、サイの武器が現れない絡繰りを教えてくれた。
「この猛毒の与える激痛で転げまわらない人間ははじめて見た。が、集中できまい?」
「ど、毒!?」
「……すー、ふー……ぐっ、ぅ」
「サイ!」
「ひゅー、ひゅー、心、配無、用……」
平素にない弱い声。「どこに心配無用の要素がある!?」と突っ込んでやりたいがツチイエの余裕の意味がわかった。最初の一撃ですでに勝敗は決していたようなもの。
猛毒の仕込みがされた傘。ならばアレは《
なのに、どうして。この戦国で《
どう考えても歴戦の武士がなせる動きだったのに、それがどうして現物の武装を?
「はー、はー、ぅ、あ、あくっ」
「ほう、まだ倒れないか?」
「ほざけ」
「……。あまり乱暴はしたくなかったが」
嘘つけ。と、ココリエが思ったのは仕方がない。サイを確実に傷つけもとい毒刃の餌食にするのにココリエを狙っておいて乱暴はしたくないってどんな大嘘だ。毒刃で傷つけた時点で充分以上に乱暴している。
だが、男にココリエの内心呪詛が届くことはなく、男は傘の柄に手をかけて持ち手を握って横に引く。すると、鋭利な刃の刀が現れた。どうやら傘として機能させる気がさらさらない工夫が満載されている臭い。
「この毒は体内に入る度、凶暴になる」
「ぜー、ぜひゅー、はっ、はっ」
「さて、二度、耐えられるか?」
なんという陰湿極まる毒。しかし、一度切りつけられただけでサイの動きはかなり鈍っている。もう満足に体術を繰りだすのは難しいほどに。息を乱し、大粒の汗をかいている。が、彼女に退くという選択肢はないらしく、乱れる呼吸を無理矢理整え、構えた。
サイが基本の基本だ、と言ってココリエに最初の型として教えてくれた内のひとつ、猫足立ちの構え。基本の構えで正攻法にいく。サイの基本を踏む正しい判断にツチイエは感心の吐息を零したが、刀を引っ込めはしなかった。サイがふらついた隙を素直に狙う。
こちらも正統剣術で来た。下段に構え、迫ってきたところまでは見えていたが、そのあと、振るのだろう、と思える一瞬は見えていたが、振ったのはわからなかった。見えたのは振り終えたあとの刀。それに赤はついていない。代わりに刃が一部毀れた。
ツチイエは驚愕、という表情でいるが、サイはさらに追撃に移る。驚き冷めぬツチイエに接近し、彼の逞しい胸板に肩を密着させて肘を打ちあげる。ギリギリ躱したツチイエだが、先には女の踵が猛スピードで迫っていた。ふっと、その瞬間、男の表情が冷めた。
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