王の残酷な冷遇


「やけににぎやかだと思ったら、なにやら面白そうなことをやっとったみたいだな」


「聖上? お仕事の邪魔をしましたか?」


「いや、楽しそうだったから抜けてき」


「は?」


「え!? あ、いや、そのなんだ。ずっと机に齧りついていて肩がこってな~……」


 セツキのちょいドスの効いた声にファバルはしまったとばかり取り繕おうと肩をぐるぐるしながら、苦痛に顔を歪めるフリをしている。いや、サボりバレバレ……。


 と、思ったが誰もなにも突っ込まない。この場で唯一突っ込める、というかいつも空気読まずに突っ込むアホ娘ですらなにも言わない。ばかりか、ルィルシエがちょっと目を離した隙にサイはいなくなっていた。


 これにはルィルシエが不満そうにした。ようやく休憩に入ったようだったのでせっかくだから一緒にサイのお茶で休憩を、と誘おうと思っていたのに。それとも察して逃げたのだろうか? だとしたら、やはり勘が鋭い。おにょれ、とルィルシエが唇を尖らせる。


 愛娘のおかしな顔にファバルは不思議そうな顔をしたが、サイの不在に気づいてびっくり驚いた。いつの間に、と。だが、すぐ瞳に冷たい色を灯し、王は鷹に叱られる前に、と取れる間で踵を返し、ある場所に向かった。


「サイ、おるのだろう? 開けろ」


 ルィルシエとセツキをご近所さんに持つ女の部屋の前に来た王は中に呼びかける。しばしの無音のちに戸が開かれた。いつも通りの無表情娘。サイが「何用だ?」という瞳で立っていたが、すぐ王が入れるように場所をあけ、自分は部屋の隅に戻った。


 もうそこがサイの定位置になりつつあり、彼女のまわりには見事な木彫りの彫刻がこれでもかとばかり置かれていた。中には大部分粉々になった残骸もある。できが気に喰わなかったのだろうか? それとも……。


「……八つ当たりか?」


「どんなこどもだ」


 サイの素っ気ない答にファバルはしかし以前のように笑うことはなかった。冷たい表情のまま新しい丸太を引き寄せている女戦士を見ている。見ていたが、不意に口を開いた。その声もまた氷のように冷え切っている。


「その後はどうだ? ココリエとは」


「一切関与していないせいで悲しげな目をされるので参っている。事情を話してやれ」


「そしたら私が責められるだろうが」


 まるで、サイがどう思われようが、今後王子に不敬だった罰を喰わされようがどうでもいい様子で話すファバルにサイは少し、刹那の間、悲しそうに瞳を揺らした。


 サイはカシウアザンカでファバルに言われたまま、ココリエと距離を置いている。しかし、そのせいでココリエに淋しそうな、悲しげな目を向けられるので心が痛い。


 だが、かといって事情を話してやることもできない。口を利くことももはや危険な行為だから。ココリエに近づく真似はもうできない。どんなに辛くても、胸苦しくとも、ウッペに住まいを持つ間は、絶対に。でなければ自ら寿命を縮める愚行を取ることになる。


 サイは別にそれでもよかった。命などあってなきが如しで今まで生きてきたのだから。


 ココリエの憂い顔を見るくらいなら、とも思ったが、直後に処刑されてはココリエはもちろん、ルィルシエも悲しむ。だから堪えるしかない。それしか、ないのだ。


 部屋に降り積もる痛い沈黙。どちらも口を利かない。が、ファバルが懐を探ったのを一瞬したサイはとうとうか、と死を覚悟したが、王がだしたのはサイの命を絶つ得物ではなく、木簡だった。王はそれを無言でサイに放って寄越す。受け取ったサイだがイミフ。


「これは……?」


「私宛のものだがお前に関することだ。読んで、読み終わったら燃やして捨てろ」


「機密のなにかか」


「違う。いい機会かも、と思ってな」


「?」


 イミフ。なに言ってんだ、このおっさん。とサイが思っている間にファバルはこれで用済みとばかり部屋をでていった。部屋にひとり残されたサイは投げられた木簡を持ったまま、うぅむ、と思っていたが、やがてファバルの言葉通り、木簡を広げて読みはじめる。


 と、そこには驚きの内容が綴られていてサイの脳を攻撃した。あまりの衝撃にサイは読み返す。何度も。だが、木の書簡が言っていることは変わることがなかった。


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