半快復
「ルィル」
「……はれ? わたくし、いったい」
「気分はどうですか、ルィルシエ王女」
「きぶん? ……ああ、なんだかとても清々しいです。死の前触れ、でしょうか?」
「バカをぬかすな、ルィル」
「あ、夢ですね。わたくしは死ぬ筈ですし、サイがわたくしを愛称で呼んでくれるなど」
「やめようか?」
「……。……えええええっ!?」
少々の沈黙ののち、がばっと起きあがろうとしたルィルシエだが、サイは予知したように阻止。王女の額に指を当てているだけなのに、ルィルシエは起きあがれない。
なぜに? と表情が雄弁に語っているが、相手がサイなので種明かしは期待できない。
ふたりの様子を微笑ましそうににこにこ見ていたジグスエントにサイが視線をやる。
もちろんわかっているオルボウル王はサイに押さえられたままのルィルシエに静かに優しく言い聞かせる。本当に他人であるジグスエントの声にまで喜びが溢れていた。
「数日は絶対安静を守っていただきますが、すぐ退院の手続きをしましょうね、ルィルシエ王女。あなたの苦病はサイが命を懸けて祓ってくださいましたから。ね?」
サイと遊んでいたルィルシエの瞳が信じられないとばかり見開かれ、ぽかんとする。
やがて理解が浸透してきたのか、ルィルシエはサイを見て点滴管の繫がった手を伸ばした。サイはすぐ、その手を取り、優しく包むようにして自らの額に当てた。
「サイ、サイがわたくしなどの為に?」
「家族なのであろう?」
「でも、ですが、それだとレ」
「レンは特別だ。が、今ここに生きている家族はウッペの者だ、と認識できた。やっと」
「サ、サイ……っ」
感激したようなルィルシエの頭をサイは優しく撫でてやる。優しく、家族にするようにそうしてやるが、正直ファバルが今後サイにどう接するかは不明で不安要素だ。
ルィルシエの前では隠してもサイのことを一度でも悪魔で敵と認識したのなら。本人にその気があろうとなかろうとそうしたものは気配にでるし、態度に現れる。
人間はそういうものだ。知らず知らず殺意を表出させることもある。いやなやつ、と思っているならそう気配にただよってしまうものだ。だから、怖い。恐ろしい。
ファバルに父の影を見てしまった。あの時、レンを奪った男の影がファバルの後ろにすっと現れたような気がしたのだ。サイを呪い、死んでもなお呪い続けている。
レンを死なせたことを悔いてサイを殺し損ねたことを激しく後悔しただろうから。死者の瞳にあったあの無念をサイは忘れられない。悪夢にいつもでてきてしまう。
「ルィルシエ王女、新しい天幕を準備しますのでもうしばらく横になっていてください」
「はい、ありがとうございます」
「いいえ。わたくしはなにも。では、お大事に。サイ、あなたは裏口からでなさい」
「ありがとう、助かる」
「いいのですよ。ファバルたちへの説明はわたくしが今、しにいきますからその隙に」
ルィルシエはなぜジグスエントが隙を衝いてでなさい、と言うのかいまいちわかっていないようだが、サイが頭を撫でてくれるのでどうでもいい、と思い直した様子。
ジグスエントが外にでていき、途端に騒がしくなったので、サイはすぐルィルシエにまたあとで、ともう一度頭を撫でて裏口から退散した。そのままウッペの天幕まで帰る。
腕には鴉が放って寄越した紙箱がある。本はジグスエントに預けたままだが、そのままあの男のモノにしてしまっても一向に構わない。医学書などあってもサイには無縁だ。アカツキではないが無用の長物になること間違いなし。わかり切っている。
それにあの本も今まで誰にも伝承されていなかったならジグスエントの手で活躍できるいい機会なのではないだろうか。無機物だがそれでもその方が本望で嬉しいだろう。
本をジグスエントに譲ってしまうことをアカツキに少し悪いと思ったが、好きにしてくれと言われていたのでよしとし、サイはウッペ天幕の出入口を開けた。……先客がいた。
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