森の主との出会い
「なにしに来た、小娘」
サイが場所の不思議を考えていると低い声が聞こえてきた。威嚇の唸り声と共に。
サイがぐるりとまわりを見渡すとあちらこちらの茂みからこちらを窺うように爛々と輝く目が見えた。唸り声の数が増していく。張り番の者が侵入者を見つけたことで他の者も警戒を厳としているのだ。わかる反応のようなそうでないような。聞いた話と違う。
獣たちは凶暴だと聞いていたので待ったなしで用向きを訊くこともなく、襲いかかってくると思っていたからだ。しかし、それ以上に驚いた。喋った。人語を。あの腐れ頭は獣故に人語など通じないと言っていたが、がっつり人語を操っている。……イミフ。
……――。
「?」
不意に。なにかが脳内で響いた。同時に山のように大きな狼が紺碧の瞳に笑みを浮かべて喋っている光景が浮かんだ。狼の両前足の上に腰かけて楽しそうに話を聞いているのは間違えようもない、サイとレン。悲しい運命に翻弄された双子だった。ますますイミフ。
「用向きを言え。また霊水が欲しいのか?」
「違う」
サイが自らの脳内にあるイミフに首を傾げていると最初に聞こえてきた声が苛立ちを隠さず再び問いかけてきた。霊水が欲しいのか、と。だが、サイが欲しいのはそんな眉唾物ではない。欲しいのは、無惨な、死。ルィルシエを助ける為に必要な死を求めて、来た。
「霊水の要求以外でコウケンに入る意味を知らぬか、小娘? ここらの者ではなさそうだが……では、なにを求めてここへ来た? 言うだけ言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
「殺せ」
「……。……なに?」
「私を、喰ってくれ」
淡々と自らを喰え、と言ったサイに森の獣たちは驚いて息を止めた。中でもサイに話しかけていた者はあまりにも簡単にサイが殺せ、喰えと言ったので声が少々呆けている。
「なに、を言って、いる?」
「獣害自殺を条件にとある娘を助ける為に来た。だから、私を喰い殺してくれと」
「貴様、脳に不備があるのではないのか?」
「ない。そういう約束で来た。お前たちの牙や爪を汚すのは悪いと思うが、頼む」
……。沈黙。痛い静けさがなぜか鼓膜に響くようだった。サイはひたすら待った。自らに死が訪れてくれる瞬間を待っている。それをサイの決意がこもった瞳に見でもしているのか、話し相手の獣が気圧されたように森の暗がりで後退りする音が聞こえてきた。
なんでだ? とサイが思っていると、その暗がりから獣が姿を見せた。とても雄大な姿だった。三丈ばかりある体長に黒い毛皮を纏い、紺碧の瞳が美しい狼は右目のそばになにかの傷痕があったが、それ以外は偉大な獣の王と言っても過言でない美しさと威厳。
「俺たちは自殺のお助け隊ではない」
「承知している。が、曲げてほしい」
「曲がるか、バカ垂れ。帰れ」
「帰れない。死なない限り、なんの罪もない娘が苦病で苦しむ。助けると思って」
「ますますイミフ。苦病はこの国では致死率がほぼ百の難病。それを癒すのになぜ貴様のような娘が人身御供の如く命を投げねばならない? イミフ。頭腐っているのか?」
「苦病を呪いとしてそのコに仕掛けた腐れ頭がいる。神を自称していたが、アレこそ頭おかしい。わかっているが、他に手はない。私の力ではなせない。だから、命を質に入れるしかないのだ。他に方法があればそちらを試すなり望むが、ないと言われたのだ」
「神、だと?」
サイが説明した言葉の中で獣が喰いついたのは神が関与している、という一点だった。
まあ、たしかに神がひとの死を無意味に望む為、他人に呪病を仕掛けたとは変な話だ。
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