陰惨にして残虐な要請


 ひとり、空き天幕が集合している場所でサイは待った。が来るのを待った。なにを言われても動じないように心構える為、深呼吸するサイの息がふと途切れる。粘質的な殺気。どうやらおでましのようだ、と思い、目を開けると白衣姿の男が立っていた。


 見たことのない姿だったが、浮かべている笑みはアレのものだ。間違えようのない下劣で殺意の凝固した笑み。冷たい爬虫類のような笑みは背筋がゾッとする。


「ハッピーなサプライズだっただろ?」


「悪趣味なクソが。なにをした? セネミスは呪いだと言ったが、呪いで病魔を」


 言いかけてサイはいやな予感に瞳を歪め、相手はサイの反応に心底嬉しそうににんまりした。よって確定。病魔の呪いが存在し、それをなぜかルィルシエに施したのだ。


 ルィルシエを巻き込んだことにサイは怒りが沸騰する心地になる。だが、相手の言葉が救いのヒントになる筈だ、とぐっと悪罵を押し込めて待った。


「助けたいか?」


「当たり前だ。ここで喉を搔けばいいのか」


「まさか。念の為だ、言っておく。もう自殺は許可できない。お前は長く生きすぎた」


 相手の、神を名乗ったことがある男の言葉にサイは傷ついた。長く生きすぎた、と言った。まだ十五歳。さほど長生きであるとは思えないのは自分の認識不足だろうか。


 それともこの根性腐れ神の意地悪にほかならないのか。サイにはわからない。自己肯定をしたことがないから。蔑まれ、罵られ、虐げられて死にながら生きるしかないところに生まれたのだから。どうしようもない。


「もうただ死なせるだけではお前の罪は清算されない。特別な死に場所を教えてやる」


 あ、死ぬのはそうなのか、とサイはどうでもいい確認をして、相手のさらなる残酷を待った。誰とも知れぬ医師の体を借りた自称神は得意げに笑ってサイに紙切れを放って寄越した。訝しみながら開く、とカシウアザンカ近辺にある森などが描かれている。


 それにはそれぞれ名が振られていてそのひとつに赤い墨で丸が印づけされていた。他に比べ、かなり大きく深い森だった。「コウケンの森」と名がついているが、この腐れ頭の神が指示してきたのだから曰くつきの場所なのだろう。おおよそ予想はつくが……。


「凶暴で深き叡智を兼ねた獣が棲む森だ。獣はみな大きく太古のまま時を止めたような神秘を宿し、結界で以て緩く人間界と隔たりをもうけている森の主は人間が大嫌いらしい」


「……」


「ここ、カシウアザンカとの交流もほぼないに等しいが、清めの霊水を供物の獣肉などと交換してくれるそうだ。それ以外は人間を拒絶し、毛嫌いしている……というのが噂だ」


「供物になれ、ということか」


「珍しく飲み込みが早いな、『器』。そう、コウケンの森へいき、無惨に喰われて死ね」


「それで、実行すればルィルシエを助けてくれるのか? それとも別になにかが要るか」


 ルィルシエが、自分のような悪魔を姉などと呼びたいと言ってくれた無垢な娘が苦しむのは、これ以上病の床に横たわるなど耐え難いサイは男に子細を訊ねた。


 ルィルシエを救ってくれる気があるのかないのか。腐った頭の者と取引をする際、最も気をつけなければならないのは口約ではなく正式な約束を取りつける必要性だ。


 あとになってそんなの知らね、と言われてバカを見るのは信じたバカだ。その辺はハイザーじじいのお陰で充分、腹いっぱい見ている。サイは基本的にひとを信じないのでハイザーに喰わされたことはないが、引っかかってバカを見ているのを幾人も見ている。


「お前の命が消えたらすぐわかるようになっている。心配しなくともお前の命が消え、俺たちが最後の仕上げを終えたら小娘はすぐ快復させてやる。あの蛇王に旅の賢者を装って秘薬を渡してやろうじゃないか。この国では難病だが、海外では金さえ積めば治る」


「コウケンの森に入って喰われて死ね。ずいぶんと今回はまわりくどくない手管だな」


「だが、飛び切り残酷だろ? 獣に生きたまま喰われるのだぞ? 想像しただけでゾクゾクするだろう? 捕食されることに人間は原始的恐怖を抱くそうじゃないか」


「……」


「恐怖と激痛に揉まれ、生きたままはらわたを引きだされ、喰い千切られていく。泣こうが喚こうが獣に人語は通じない。悲鳴もご馳走の一味として味わってくれるさ」


「……」


「どうした? 怖気づいたのか? ん?」


「別に。どう死んでもどうでもいい」


「話が早い。では、制限時間は五日だ。それまでに覚悟と身辺整理をして死の森に向かうがいい、『器』よ。ひとの形をしただけのひとでないモノ。壊れる為のガラクタ道具め」


 悪罵を吐くだけ吐いて今回借りた体をさっと翻し、自称神のいかれた頭の男は去っていった。サイに特大の恐怖と激痛による死を望み、ルィルシエの快復と引き替えにして。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る