王女と悪魔のお喋り
喜んでいいのか、いじけるべきか迷った。迷ってココリエに「どう思う?」と訊いてみたら「あの、普通に怒ってくれ」と非常に可哀想なひとを見る目で返されてしまった。
あの憐れみの目は心の底から湧いてきたに相違ない。それがわかったのでサイはいじけた。いじけて「けっ、どうせ悪魔なんだから鬼畜だろうと家畜だろうとどうでもいい」とぶつくさ言ってまたココリエに突っ込まれた。「家畜はやめておけ」と真顔で言われた。
アレも相当不憫な者を見る目だった。ココリエにいろいろと常識を突っ込まれるのは慣れっこなサイだが、あの真顔は正直ちょっと心にクるものがあった。うん、視線が痛い。
「ぐすっ、わかりません」
「あ?」
「なぜみなさん採血が平気なのか」
「イミフ。お前など若いというか幼いから検査項目が少ないのでファバルの半分以下しか採取していないというのに、あの騒ぎようの方がよほど私はわからぬ」
「ふ、うぬぬぅ……サイだけですわ。あんな乱暴に採血台へ連行してしかも叩いたのは」
「他にどうする? このあと朝餉代わりの昼を食べて診察がある。あそこでぐずっていないといけない、もしくはクソ忙しい医師たちに迷惑をかけてよい理由を述べてみろ」
サイの切り返しにルィルシエはぐうの音もでない。あの基本検査天幕でぐずぐずしていていい理由はないし、忙しい医師に迷惑をかけていい理由などありよう筈がない。
なので、全力で不貞腐れるルィルシエは隣を見て昨日のことを思いだした。この
だが、あの時はたしかにあのぬくもりに安心し、甘えていたいと思う自分がいたのだ。
サイは冷たいのに温かい。厳しいが優しい。少なくともさっさと自分だけ検査を済ませて放りださなかったのはそうだ。一緒に恥をかいてくれたし、今もこうして一緒に並んで歩いてくれる。本当に面倒臭いと思っているなら自分の歩調で進み、置いていく筈。
わからない。どうしてサイは自分を甘やかしてみたり、きつく叱ってしっかり怒ってくれるのか。他人に対するもの以上の好意を感じるのに、一定の距離を保っている。
「サイ」
「なにか」
「サイはどうしてルィルによくしてくれるのです? その好意は本心からなのですか?」
「……なぜ、今になってそのようなこと訊きたがる。ただの知りたがりか、話題繫ぎか」
「ええと、その、だっておかしいですわ。サイは厳しいのにルィルを甘やかしたり。だからわたくし勘違いしてしまいそうなのです。……お姉様がいたらこんな感じかなって」
言ってしまった。ルィルシエは言ってからまずいことをした気分になった。サイに姉を見ることはサイの大切な妹の場所を盗ろうとすることに等しい。そんなこと、その妹、レン以上にサイが許さない。そこはサイの裏庭。秘密の柔らかな場所。不可侵の地。
「……姉、か」
「あ、あああの、お気に障ったら」
「私もよくわからぬ。ただ、喪った妹の代わりを無意識に求めてしまっているのかもしれないとは思う。あのコが生きていたら、きっともっといろいろと経験できた筈なのに」
「サイ……」
「だが、現実は残酷だ。あのコはいない。ここにいるのは孤独な悪魔だけだ。どんなにお前たちが私を家族に数えようとしてもそれは変わらぬ。血の繫がりも、命懸けの忠義もなにもない私が家族に加わっていい理由が思いつかない。だから、孤独なままでいい」
悲しく淋しい発言だった。本気で誰かと接することができない、繫がりが本当にはないからひとりでいい。悲しくて辛くて、ルィルシエは胸が締められる心地になった。
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