お誘い蹴りまくり


 一方でルィルシエはなにを想像したのか赤い顔でサイをちらっと見ては視線を逸らす。


 ルィルシエの謎行動にサイははてな。イミフなのだが、つつく気はさらっさらない。面倒臭いにおいしかしない。それにこれ以上ジグスエントのお触りを思いだしたくない。


 腰辺りならばまだ許せなくても許せる範囲内だが、腹や尻まで触ってきやがったのだ、あの短時間に。恐るべし蛇の手。とか思っていると誰かがサイの肩をちょんちょん。


「わぁ、引っかかってくれぎゃあああ!」


「こてこての古臭い手に乗るバカいるか」


 サイの肩をつんつんしたおバカさんはそのまま振り向いたサイの頬をつつく気でいたのだが、サイに限ってそんなものに引っかかるわけもなく。振り向くのよりコンマ二秒早く動いた右手がバカ、ハクハの人差し指をぐきっとやっていた。ホント、ぐきっといった。


 ハクハは指を押さえて、つか抱えて悶える。目撃していた者はサイの悪魔的所業にほとんどがひきつった顔で距離を取る。ココリエ、ルィルシエ兄妹は痛そうな顔。ファバルは一応のアレで合掌しておいた。南無、と。主のジグスエントはまるで他人事な雰囲気。


「このあともう四、五人診て休憩をはさみますが、サイ、一緒にすごしていただけま」


「しね。クソ腐れ蛇」


「では、貰い物のお菓子でお茶でも」


「菓子はほぼ嫌いじゃ、ボケカスクズ」


 もはや暴言を越えて別次元の言語を生みだしている気がする。サイの雇い主であるファバルは改めて息子を見てみたが彼はジグスエントを冷たく斬りまくるサイを応援し、見惚れている。……。女の趣味はひとそれぞれとはいえど、は実際問題、どうなんだ?


 いいのか、あの暴言が可愛く聞こえる罵詈雑言娘のどこがいいんだ、息子よ? とファバルが息子の性癖を本気で心配した瞬間でありましたとさ。と、いうのは置いておいて、いい加減いい時間だ。診察までに基本検査を受け終わっておかねば担当医に叱られる。


 特に血液検査などは速報を頼りに問診や軽い診察を初日に終えてしまうので急ぐ。


 毎年毎年、毎回毎回のことではあるが、ここが一番の山場なのだ。難所なのです。山登りでいえば山道に入ってすらいないここがウッペの誰かさんにとって最初の試練でファバルの頭痛の元。だが、ファバルは今年のこの時期からは少し気が楽。なぜなら……。


「なにか」


「いや、別に?」


 ファバルが気楽でいられる要因をちらっと見ると彼女はようやくジグスエントのしつこいお誘いを蹴り尽くし終えたようでほっと一息ついている。お疲れ様だことで。


 この厳しく甘え知らずな女傭兵に押しつけてしまえば王の懸念は減る。絶対。なので、ジグスエントでお疲れのところに鞭打つようで悪いが全力で押しつける気満々だった。


 ファバルの謎に首を傾げるサイが王の態度の謎を知ったのは五分後のことでした。


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