えー、変な常識を教えていますね


 黒巫女はサイの感謝に微妙そうな表情をしていたが、やがてにっと笑ってジグスエントからこちらも離れて、サイの方に歩み寄ってきた。表情には友好の意がある。


「よお、サイ。息災かい?」


「今さっき気分最悪になった」


「ん~? そういう時はアレだ。藁でつくったお人形に気分低迷原因の似顔絵を貼ってお人形ちゃんに釘を打つと気分が不思議と晴れ晴れするもんだぜ? これ、常識な」


「なるほど。知らなかった」


「セ、セネミス殿? サイに変な常識を教えないでください。というか常識ですらな」


「いいじゃねえか。おめえが害こうむるわけじゃねえんだしよぉ。ケチ臭ぇ」


「……」


 もうね、話が通じない。こんなところがサイに通じるところなんだよね。いやな共通項だが、とりあえずサイはジグスエントから解放されてやっと息できる、とそういう目をしている。どんだけ嫌いなんだ。オルボウルでなにがあったのか、気になるが訊けない。


 訊いた瞬間挽き肉にされそうな、八つ当たりでぶちゅっとられっちまいそうな悪寒がする。それがジグスエントに向くかココリエに向くか掴めないのが一番怖い。


 猫のように気まぐれだが自由奔放というわけでもない。犬のよう忠義に厚いが従順ではない。両者の不思議な部分を引っこ抜いて合成したような……不思議な性質なのだ。


「いつの間にはぐれたのかと思ったら」


 声。よく聞き知った声は呆れている。主に北国の者たちへの呆れであると思われる。


 先にいっていた、サイがジグスエントに絡まれて足止めされている間に先へ進んでしまっていたファバルとルィルシエが戻ってきてくれた。ルィルシエはサイの不機嫌に「どうしたのでしょう?」という顔だが、サイは答える気がミトコンドリアひとつ分もない。


 思いだしただけで反吐がでそうだ。藁を捩って人形づくりをしたいところだが、さすがにこの医療大国に牛など家畜の餌になる藁は不衛生を理由に置いてなさそうだ。残念。


「ファバル、息災でしたか?」


「ああ、まあまあだな。で、お前はなにしとるんだ、ここで。王が国を放っていいのか」


「ふふ、この時期が一番忙しいですからね、カシウアザンカは。応援に来ているのです」


「応援に来たクセ、サイに痴漢行為をするのはどうかと思います。ジグスエント殿」


「ココリエ王子、蒸し返さないように」


「だったら、少しは反省してください。サイに謝罪の一言もないのはどういうわけです」


 サイが藁人形作成を考えている間にジグスエントはファバルに挨拶し、ここにいるわけを話して聞かせている。……のだが、まだサイに痴漢行為をしたのを根に持っているココリエが足止めを喰ったわけをそれとなく父親に教えている。嫌み口調になるのは仕様。


 嫌みっぽくジグスエントの所業を報告した息子にファバルはからから笑うしかない。


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