悪魔さんの栄養指導(?)
「ただいま」
「うむ。夕餉が届いている」
「なんだ、食べてなかったのか? ルィル、お前も……待っていてくれたのか?」
「はいっ」
「先に食うなどできるか。セツキに説教喰らう。それに元々冷めていたので気にしない」
要するにセツキの説教がうるさいから待っていてくれた、と。まあ、見方を変えるとわざわざ待っていてくれたのだ。だから、言うべきはただいまと……。
「ありがとうな」
「イミフ」
「さて、じゃあ、食べて寝て、明日に備えるとするか。朝は絶食だから適量でな」
「誰に言っている? 好き嫌いも食いすぎも許すか。それも自分で食え、ルィルシエ」
「サイ、わたくしこれは」
「お前のこれだけは、は何度もいろいろなもので聞いた。いい加減にしろ、ちび貧相」
「うわーん、ひどいですわぁ、サイーっ」
ホントだネ。面と向かって気にしていることを暴言にしてぶちまけるとかどんだけだ。
ただ、サイなのでまだ優しい言葉なのかもしれない。言うとなればマジで精神にひびが入るお言葉を自覚して吐く。自覚せず吐くこともあるがそこに悪意がないのでセツキですら叱れない。言ったところで、指摘しても首を傾げられて終わる。
自覚持って吐く暴言は主にココリエへ向けられる。体術鍛練の際に指揮官、指導者として厳しい言葉を吐くのだが、それが暴言というアレなありさまなのである。
まあ、もう慣れっこなのだけどね。サイが教えてくれた義勇軍志願者の中にはサイの厳しい指導についていくのに涙で顔をぐちゃぐちゃにして喰らいつく者もいたそうだ。
それに比べればまだ甘やかされている。しかし、最近ココリエの絶望体力が並になってきたのを察知したのか、サイの修行が厳しさを増している気がするココリエである。
いや、わかるけどね。だってココリエほどの貧弱を一般以上に鍛えるには甘えも情けも無用でいかねばとてもじゃないが叶わない。叶えたいなら泣き言吐くな、とは初日に約束している。戦場に泣き言など吐いても死ぬだけ。わかるからサイの厳しさもわかる。
アレだ。愛の鞭。たまに打たれすぎて傷心ちっくになる時もある。そういう時は、サイも慰めのつもりなのか、今まで見てきた出来損ないバカの話を聞かせてくれる。
同じ土俵にいるバカの話で元気だせ、と言いたいのか、お前は違うだろう? と訊ねているのか不明だが、後者だと思いたい。だって、前者ってかなりひどいというかなんというか……。違う土俵にあがれ、這いあがってみせろ、とサイなりに激励している。
そう思っておかないと本当のホントに心が死ぬ。それくらいサイの最近の修行は厳しさが段違いだ。今の今まで暴言我慢していたんだー。貧弱でごめんなさい、ってくらい。
「ココリエ、もう少したんぱく質系統のものを食え。そんなだからひょろいのだ」
「わかった。わかったから心臓を刺すな」
「? そんなところ刺したら死ぬだろう。刺すとしたら生活に支障がない箇所を狙う」
「あの、サイ、サイ? なぜ刺す方向で」
「刺されたいのではないのか?」
「どんな被虐趣味だ!? 絶対に違う!」
まわりの天幕も健診や加療に訪れている者ばかりなので静かなものだが、このウッペ天幕は少々騒がしく夕餉をとっている。ただ、こうしたにぎやかさは嫌いではないサイなので、文句言ってくるKYがいたら強めにぶちかましてやろう、と画策していたりして。
ウッペの王族兄妹とサイ。三人から少しだけ距離をあけて夕餉をとっている王ファバルは眩しい者を見るように三人を見ている。だが、瞳には一抹ばかりの酷がある。
ルィルシエはいい。だが、ココリエはサイに恋心を抱いているのでサイが、もしくはサイに近づきすぎるようならそれ相応の処断をくださねば、と心の奥で思っている。
平和な三人と離れて非情を考えるファバルは王たる者の心を少し恨めしく思った。女が苦手でならず、今までにも距離を置かれるまでは卒倒しそうな勢いで逃げていたらしいので余計に心配していた。こんなことで王位を継いで、妻を娶れるのか? と。
それが、その心配が無用になったのに。女と普通に話せるようになっていっているのにその女が海外の傭兵娘だという一点が気がかりでならない。もしも、ふたりが……。
その時は、ココリエの想いを絶つ為にどんな非情もしてみせると考えているが、娘の、サイの心のある深い傷を思うと躊躇が生まれる。誰にも愛されず在った女の子。
ただひとりの家族であり双子の片割れに想われていた。なのに、それも、そのたったひとつ限りであった愛も目の前で殺され、世界に奪われ、ひとりぼっちになった。
これに憐れみを抱くな、という方が無理な話というものだ。サイ自身は自分の境遇を諦めてどうしようもない悪魔がたどるべき相応しい悲劇、としている。そうしなければ心が壊れる、と本能的に知っている。ある意味の達観。しかし本当にはできていない。
できているなら、ひとを愛し、ひとに愛されることを当たり前に受け取りたいと考える筈なのだ。なのに、サイは愛されることを罪と認識している。悪魔だから、と。
可哀想な娘の悲しい思考に憐れみを抱く。とても普通のこと。それでも、その娘は所詮傭兵でしかない。戦場の駒であり、切りやすい存在。王子の隣に相応しくない。
ココリエが、息子がはじめて心から愛した娘なのに、その負っている役柄、職、身分故にやめろと言わねばならない。こんなに悲しいことがあっていいのだろうか。
「さて、ご馳走様と消灯だ」
全員が各々適量を食べ終わったのを見計らいファバルが消灯言ったのでサイはルィルシエを厠に連れていくのに天幕をでてすぐ戻り、一緒に寝よう? を蹴ったのでした。
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