呪茶会への歓迎


「クソ、どこまでいく気だ」


 トェービエの名所、ネンシ樹海に悪罵が吐かれる。正確には樹海にいる者が案内のナニカに吐いているのだが、悪罵を吐いたサイは案内役の影たちをほぼ呪殺する勢いで睨む。影たちはサイの視線を受ける度に奇妙な鳴き声をあげてふよふよ逃げてはまた戻る。


 その動きが腐れ腹立たしいサイであるので今もうイライラは臨界点を突破してしまいそうだ。それに、イライラ以上に不安と恐怖がサイの心を占めている。


 背にある温度が不安を呼んで煽ってくる。冷たい氷のような体温。背に負ぶっているココリエは死んだように眠っている。全体的に冷たいココリエの胸の辺りだけが燃えるように熱いのが余計不安になる。熱を奪われているのではないか、と。


 大丈夫だと言い聞かせても、どうしても不安になる。こんなのは経験にない。それにこんなにも他人の命を思って不安になることもなかった。未経験は未知だ。


「死なないで、お願い……」


 サイの口を心配が衝く。どうしても怖い。ココリエの体温が死にゆくレンにかぶる。


 恐怖を押し込めて進むサイはやがて入り組んだ木々の隙間を通らされ、一刻ばかりはしっかりと歩かされた。霧がでてきて樹海のかなり奥に来てしまったこととなにか不吉なものに自ら近づいているような奇妙な感覚にサイは険しい瞳となる。


 巨大な樹木の根を跨いでおりたそこでサイはふと、変なものを見つけた。傘だ。野点の際に飾られているのに似た大きな赤い傘が地面に立てられていた。


 目立つ傘から視線を動かしてみると、下には上品な濃緑の敷物。そこにひとが座っていた。遠目でもわかる、それは女。女はうっかり樹海であるのを忘れるほど寛いだ様子で高級そうな碗で茶を飲んでいる。まるで、我が家のようなお寛ぎようだ。


「ああ、思ったより早かったな」


「む?」


「ふふ、ようこそ、サイ。このわっち、トェービエ王女セネミスの愉快な呪茶会へ」


「……その声、お前か」


「応さ。話が早くて助かるぜ、サイ。だが、わっちの名に無反応なのは少しびっくりだ」


「イミフ」


「? この北方でわっちの名を知らねえ阿呆はいねえってこった。まあ、今知ったということでよしとしな。重要だぜ、わっちの名はな。特にサイ、今のおめえには」


 言って女は傘の陰で笑っている。サイは多少の危険を承知で近づく。そして、傘の陰部分すら見える位置に来た瞬間、相手の女の顔を見て思わず固まってしまった。


 女は愉快そうにサイの反応を笑っている。


「お前、あの時の……。まさか、あの時からココリエに接触して仕掛けを……」


「ああ、そうさ。いやま、だがなぁ」


 女の、セネミスと名乗った女の言葉は最後まで続かなかった。ココリエの尻を器用に片手で支えて負ぶったままサイは女に武器を突きつけていた。薄暗い樹海に白々と輝く《白獄はくごくのジスカ》。セネミスの喉に槍鋒をあわせて狙うサイの手先に迷いはない。


 サイの瞳には怒り。ココリエを害されたことへの激しい怒りがあった。セネミスはサイの瞳に怒りの業火を見てもさして思うことがない様子で茶を飲み干した。


「おー、おっかねえ、おっかねえ。だが、わっちを殺したらどうなるか、わかっているだろう? そして、だからこそより一層激しく苛立ち、怒りで狂うほど憎たらしい」


「ココリエになにをした?」


「んー、ま、そう難しいことじゃねえ。それより一服付き合いな。せっかくの機会だ」


「ふざけるなっなにをしたのか吐け! 全身内側から沸騰して無惨に死にたいか!?」


「ふふふ、そいつを無惨だと言っちまう辺り可愛いこったな、サイ。ま、落ち着いて座れや。どうせココリエのことはすぐすぐ解決できねえんだ。こういう時はわっちのご機嫌を取る方が賢い選択なんだぜ? お嬢ちゃん?」


 憤るサイに向かってお嬢ちゃんなどと言ったセネミスが手を叩く。すると、先までいなかった黒がでてきてセネミスに茶を点てた。そして、サイからココリエを取りあげて座らせようとした黒には肘鉄がお見舞いされ、鼻血を流すはめになった。


 サイは渋い感情を瞳に敷物へ歩いていき、靴を脱いで敷物の上に座り、ココリエを自分の隣に寝かせた。見ていたセネミスは不可解な笑みを浮かべ、後ろの黒にサイにも一服を用意するように合図したが、サイは黒が用意しかかった茶碗にジスカで一撃。


 茶碗に開いた穴ひとつ。貫通までいかないその技量。黒はかすかに戦慄し、震えた。


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