露営地で


 トェービエの国。シラヌイ山の麓に騒がしさがあった。露営地としていろいろな国の者が自由に使える場所だったのだが、それが今、激しい爆撃を受けている。


 あちらこちらであがる爆発。その中心に固まっている集団があった。瑞々しい若葉の色を具足に着物に取り入れている彼らは東国ウッペの人間たちだ。この地に演習に来ていた筈なのにこの騒ぎだ。だが、被害はさほど深刻ではない。


 先んじてあがった騒がしい音で何事か起こったと知っていたから備えていた、備えている途中で爆発があがり、現状にいたったのだ。集団の最前線で周囲を見渡していた男が苦い顔。その男の隣を固めている男も同じような顔でいる。ふたりの思考は同じ。


「サイ、どこいきやがった」


「サイもそうですが、ココリエ様がこの騒ぎで起きてこないなどと……いえ、サイが張りついていたのです。サイが消えたのならココリエ様になにかあったのでしょう」


 言いつつ、男、ウッペの武将頭が新しくあがった爆発で飛んできた鉄片を鎧で弾く。爆発の規模、威力からして直接巻き込まれなければ深刻な被害はでない。が、これでは迂闊に動けない。もしも、それが目的だとしたら、最初から仕組まれていた。


 そこまで考えて武将頭の、セツキの脳裏にひとりの女が言っていたことがふとよぎる。


 その女は用心に用心を重ねて露営地を下見していたが、その時言っていたことがいまさら引っかかった。彼女は神妙に「人間のにおいがする」と言っていた。


 その意味、はかりかねたが、今ならわかる気がする。罠に使うなにかのにおいはしないのに人間のにおいが地面に残っていることを女は、サイは不思議に思っていたのだ。


「迂闊でした。ジグスエント様が口添えをしてくださっていると思って油断しました」


「ですが、これはいったいどういう」


「トェービエが我々を騙し討ち、ココリエ様を誘拐。サイはそれを追っていった。合図を残して。そして残った我々が動けないようにあらかじめ仕込んでいた罠を使った」


「そんじゃあ、あちらさんの狙いは」


「そこはまだわかりません。ですが、これでは埒があきません。ケンゴク、全方位の盾を頼みます。一点を抜いて爆発をこちらから起こし、そこを退路にします」


「へい! 承知!」


 セツキの指示でケンゴクは自らの武装、大太刀を地面に突き刺して集中。彼の逞しい胸や肩に背から盛りあがるように鉄片混じりの土が見るからに高硬度で形をなし、それはやがて甲殻類の鎧と似通ったものになった。大男の全身を包む盾はもはや城塞。


 だが、ケンゴクはの重さで足が地面に沈もうと重さを感じないようでセツキが言うように一点を抜くのに狙うべき点を探る。地面に混ざった異物の気配を探し、一気に走り抜ける。ケンゴクが踏んだ地面が爆発。ケンゴクは次々歩を進め爆発を起こす。


 そして、ある一点を踏んだ瞬間、ケンゴクは息を零して背後のセツキに手を振る。


「ここはこれだけですか?」


「ええ、間違いありやせん。足の裏に当たる異物感がなくなりやした。しっかし、これだけ深く踏まずに罠を察知するたぁ、あいつなんなんすかね?」


「それはまたの機会に協議しましょう。全隊、一列であとに続きなさい!」


 セツキの号令で今回演習に選ばれたウッペ兵たちが慎重にケンゴクとセツキのあとに続いて爆発の範囲から抜けでた。兵全員が絶対でないにしろ安全な区域に抜けたのでセツキは次を指示するのに、少しの間思案顔で黙り込んだ。が、ものの十秒でまとめる。


「ケンゴク、そのまま露営地を歩いて爆発物をすべて起爆させてください」


「まあ、安全にはなりますわな」


「それと敵襲に備えて全員警戒を怠らないように。なにかあった時はケンゴクの指示に従いなさい。私はココリエ様とサイを探しにいってきます」


「大将、どこか目星でも?」


「いえ。ですが、ココリエ様の天幕の裏に裂けた跡があります。あそこから抜けたのなら向こうはたしかカエレヌ崖の方角だった筈。誘拐者の目的がなんであってもあそこに連れていかれてはココリエ様のお命が……万が一、サイが間にあってもなにが起こるか」


 サイが誘拐犯に追いついて始末できたとしても彼女がココリエを易々攫わせる方がおかしい。だから、あのいろいろなものに経験があるサイですら思わず呆けてしまうような超常現象が起こり、誘拐を許してしまった。そう考えれば様々と合点がいく。


 そのサイが戻らない。ココリエを救出したならすぐに安全確保の為に合流を図ろうとする筈なのに。そうしない、できない理由、やはりココリエになにか起こったのだ。


「無事だといいのですが」


「大将……。大丈夫ですって。あのサイがついてんですから。えー、多分」


「ですが、ココリエ様になにかあれば一大事どころではありません。サイがいても」


 ココリエの命を脅かされるなにかが起こったとしたら、サイがいくら戦事に通じていてもどうしようもないことはある。それがどうしようもなくてもサイは抗って戦うのだろうが、それでもしも、彼女まで危険にさらされる事態になったら……。


 そこまで考えてセツキは頭を振った。違う、と。自分はサイを案じてなどいない。ただココリエのことを考え、盾になるのにちょうどいい傭兵が一緒にいて身を呈してくれればいいと思っているのだ、と考えを強制的に改めた。胸に、心臓に走る痛み。


 気のせいということにしておいた。痛みなどない、と。深く息を吐きだし農村で借りたイークスに跨って露営地を脱出し、ココリエの天幕がある先に進んでいったセツキの背を見送るケンゴクは別の意味でため息を吐いておく。


「まじめすぎるのも難儀っすね、大将」


 火のないところに煙は立たぬ。今はだが、無視してケンゴクは爆発作業に専念した。


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