うっさいじじい降臨!
「セツキ! セツキはおるかいな!?」
「なにか、あの腐れやかましじじいは」
雨の視察から三日。
サイは丸一日ココリエを無視し、次の日もカザオニのいやがらせを注意せず、させるがままに放置するサイの機嫌は最悪状態で続いた。困ったココリエがルィルシエに相談し、仲裁してもらってやっとサイはいつもに戻った。……まだ少しピリピリしていたが。
なので、次にサイがくだす訓練のほどが恐ろしく、まだやまなくていいぞー、もっと降れ降れ~、と思っていたのに雨がやみ、晴れの日が続いたので中庭が乾いた。
で、「鍛練するぞ、訛らないうちにな」とサイの無情通告を受け、ココリエは仕事を終えてサイと共に中庭にいこうとしたが、
邪魔をするのも悪いので外庭で鍛練をしようということになったふたりは玄関に向かって、そこで騒ぎに遭った。
城に出入りのある者はたいがい覚えているサイでも見覚えがないそれは翁だった。だったのだが、異常に元気だ。いっそ見た目だけ年齢詐称を疑うくらいには。
ココリエは城の玄関にいる衛士にセツキ、セツキ言っている翁の顔に覚えがあるのか、玄関の爺様に遠慮なく「腐れやかましじじい」などと言ったサイに苦笑い。
ココリエが笑っているのを見咎めてサイは怪訝そうに瞳を揺らして質問の口を開いた。
「知りあいか?」
「ん。まあな。セツキや父上ほどではないが。すまん、少し待っていてくれ。チモク様」
城の衛士は当然セツキを知っている。なにしろ城に仕えている兵士や衛士はみなセツキに憧れて奉公にあがった者ばかり、と言っても過言ではない。が、突然訪ねてきた爺様を案内するのは躊躇われるし、いきなりで意表を衝かれて半分呆けてしまっている。
なので、ココリエが現れてくれて心底ほっとした様子を見せ、どうしたものか、意見を仰ぐ姿勢に落ち着く。一方の老人もココリエに声をかけられて振り向き、ココリエをじっと見た。どことなく猛禽類を思わせる目が誰かさんによく似ている気がする。
誰とは言わないが、とサイも見守り半分、もしもの時に備えて飛びだせるように緩く構えているがあまり必要なさそうだ。ココリエの様子を見る限りは。
ココリエに「チモク」と呼ばれた爺様は眉間に皺寄せココリエをじーっと観察。しばらくして疑問、っぽい声をあげた。遠い記憶を探るような疑問の声。
「ん~? 小僧、どこぞで見たな」
「はい、その節はお世話になりました」
「ぬ? ……。うん!? そのひょろっとしてなよなよな声はココリエ様か!?」
「おい、ココリエ、このじじいは敬っているのか貶しているのかどちらだ」
サイの疑問。散々な言いようだったクセ名前に「様」をつけたので疑問符がぷわんと膨らんだらしい。そんなサイを背後にココリエは苦笑い。貶すとか云々はサイが言っちゃいけない気がする。城での王族貶しんじゃーは他の誰でもないサイだ。
が、老人はサイの突っ込みが聞こえなかったのかココリエを手招きしている。満面の笑顔だ。毒気を抜かれるほどに嬉しそうに笑っている老人にココリエが素直に近づき、とある一線を踏んだ瞬間、あ、油断しちまったな、とサイが思ったのとそれは同時。
「きぃいいいええええええっ!」
「ブッっ!?」
サイが「あ、やべ」と思った時にはもうすでに極まっていた。老人の老体からでたとは思えない怪鳥蹴りがココリエの顔面のド真ん中に入っていた。サイはココリエを心配するよりむしろ老人の奇声と奇行に目が点になってしまった。もう「ぽかーん」だ。
突如老人に飛び蹴りを喰らわされたココリエは玄関廊下に後頭部からいきかけたが、サイが助けた。衝突前に滑り込んでココリエの後頭部を腹に受けてくれた。
鍛え抜かれた戦士の腹だがやはり女性らしく独特の柔らかさがある、とか思っていたココリエだが、彼こそ目が点だ。なにがどうなったのかすらわかっていない。目を白黒させているココリエだが、蹴った老人は、といえば玄関でお怒りになっていらっしゃる。
とりあえず……イミフ。
「チ、チモク様っ?」
そう結論したサイはココリエを起こしつつ、老人の言葉に耳をやる。ココリエも困惑しながらまた老人の名を呼んで「なにするんですか?」を訊こうとしている。
そして吐かれた老人のお説教は妥当なものだった。ああ、うん、そういえばそうだな。という感じに正論でした。
「バッカもーん! わしが敵国の刺客だったらどうするつもりじゃい! 警戒を怠るとはなんたること! もーっ、成長がない! 根っから甘いんじゃ、おんしは!」
「うぐ、す、すみません」
老人にマジ蹴りされた上、お説教されるココリエはサイから起きて自主的に正座。……なかなか見られるものではない。一国の王子に飛び蹴り喰らわせ、正座させてお説教とか、どこぞの鬼、じゃない、鷹のようだ。いや、セツキは蹴ったりしないが。
ふと、そんなことを思った為か老人がなんでかセツキに見えてきたサイ。老人の顔がぼやぼやーん、とセツキの美貌に変化する。でも体は枯れた老人のもの。……キモ。
まあ、無駄な思考はここでやめてとりあえず老人を知っているココリエに訊いてみる。
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