よぉく響く~……
「おい」
自分で、サイ自身自分でびっくりするくらいドスの利いた機嫌最悪の声がでた。
茶の簡易湯飲みを両手に不機嫌さを隠そうともせず瞳が揺れている。サイの機嫌が過去にないくらい悪いのが簡単にわかってココリエはびびって飛びあがった。
その拍子にゴミを取ろうとしていた女の手が誤ってココリエの髪の毛も引っこ抜いてしまい、ココリエは痛い思いをしたが、それどころではない。サイが、怖い。
こんなに機嫌が悪いのははじめて見る。普段は特別機嫌によしあしがない娘だ。だから余計に怒った時とか機嫌が悪い時はすっっっごく、めっちゃわかりやすい。
現在サイ不機嫌数値は百をぶっちぎっている。完全に怒りの導火線が燃えている臭い。
「あ、あの、サイ?」
「雨天に女と楽しくお喋りとはいいご身分だことだな。あぁ? 言い訳は無用だぞ?」
「いっ、違、これはそのあのえっと」
言い訳無用と言われているのになんとか弁明しようとしているココリエをぎろりと睨んでサイは女に向き直った。
じろりと睨みつけてみるが女はさしてサイを気にしたようになく煙草をふかしている。そして、吸い終わった殻を地面にぽとっと落として不可解な笑みを唇に刻んだ。
綺麗な唇で笑う女はサイを上から下までじろじろと遠慮など一切なく眺めまわす。
当然のことながら無遠慮に眺められてサイは先にも増して不機嫌になる。
「なにか」
「いや。おめえ、サイってのか? ……ふーん、へー。見込みはありそうだが、な」
「なにの話か」
「気にするこたぁねえさ。おめえはそこの小僧を迎えに来たんだろ? 雨で面倒なのはわかるがこんなガキを視察にだすたぁウッペのお役所の偉いさんは意地悪だねえ」
女の言葉にココリエはあからさまにショックという顔。まさかのガキ扱いとは。たしかにココリエより女は歳上そうに見えるが、それでも成人した身でガキと呼ばれるのは男の矜持にひびが入る。しかし、サイも女もココリエの矜持などどうでもよさげ。
正しく放置プレイに処した。
サイは女が言ったココリエが役所の下っ端という言葉を否定しないし、自分が迎えに来たのも否定しない。闇世界で培った直感で女が探りを入れている気がしたのだ。
だから、余計なことは言わない。探られるのは好ましくないし、それが国害になるようなら今ここで女を殺してもいいと思っている。サイの瞳が冷え込んだ瞬間。
「ミス様ーっ、ミス様! いずこにー!?」
「やれやれ、これからが楽しいのにな。おーう、ここだここ。ここにいるぜ」
「ミス様、またそのようなお口を」
「うっせえな。大事な場ではきちんとしてんだ。素の喋りくらい大目に見て見逃しな」
サイがいつでも
ミスと呼ばれた女は殺気立ったままのサイとサイにびびっているココリエを見て笑い、ついでとばかり、ココリエの髪を優しく撫でようとしたが、サイの手が間髪入れず叩き落とした。威力については遠慮もクソもなかったらしく非常に痛そうな音がした。
「おー、いって。なんだい?」
「己がなにか? 触れるな」
「……へえ? ふふ、こいつぁ、面白ぇや」
叩かれたミスの手の甲は真っ赤になっていたが一応加減はしたようだ。でなければ、サイの剛力を考慮すればミスの手は赤くなるどころか手首からもげたところだ。
だというのに、ミスはサイの態度を見て面白いと言い、叩かれた手に軽く息を吹きかけてふりふりし、特に咎めるでもなく、おかしそうに笑った。
サイは笑われて機嫌がさらに下落したが、ミスは構わず、ココリエに向き直った。
「そんじゃま、わっちも迎えが来たんで失礼するぜ。いつかの機会にまた会おうや」
「そうですね。今度は晴れた日にでもいらしてください。また別の景色があります故」
「そいつぁ楽しみだ。ただま、今日のところはこれで
世話役の姐御と言われてココリエは一瞬首を傾げたが隣を見て納得。たしかに今度は叩くに留まらず蹴倒しそうだ。相手が女だろうと、自分が女なので遠慮なく。
ココリエがそうだな、やりそうだ、と思っている間にミスは付き人らしき女の差した傘に入って去っていった。ミスの姿が完全に見えなくなってからサイは手に持っている茶をココリエに乱暴に押しつけ、自分の茶を一気飲みして踵を返した。
「え、な、ちょ、サ、サイ? どこへいくのだ!? まだ青果市の視察が済んでいな」
「ひとりでいけ、バカ!」
よく響く「バカ」を残し、サイは城に帰り、その日は一日ココリエを徹底無視した。
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