ふたりで朝餉


「ココリエ、起きているか?」


「ん? サイ? どうした?」


「早くに目が覚めたので今日は私が朝餉をと思ってな。入っても、よいか?」


 なぜ、そこで言いにくそうに、居心地悪そうにする自分、とサイはセルフ突っ込み。


 だが、言ってしまったものはもう取り消しようがない。なので、ココリエの返事を待つことに落ち着いたが答はすぐ返ってきた。嬉しそうな、弾むような声。


「そうなのか? ありがとう。入ってくれ。ちょうど区切りがついたところなのだ」


 ココリエの返答にサイは首を傾げる。区切りがついたって、もしかして私室で仕事をしていたのか? と思って後ろを見ると、カザオニが「王の怠慢」と書いて見せた。


 どうやらおサボり癖のあるファバル王のせいでココリエに仕事の皺寄せが大量に来たらしい。可哀想に。カザオニには意地悪され、父親には仕事を押しつけられて……。


 本当に意地悪されるべきはファバルであるような気がするサイだったが、突っ込まなかった。触れない優しさもある、と思った為だ。サイは膳を一旦床に置いて戸を開け、中に入った、のだが、建築されている仕事の量に口が間抜けに開いた。


 木簡の山、山、山。ここまでくるともはや圧巻としか言えない。……ってゆうか肝心のココリエがいない。どこだ? と思ったら木簡山脈の中から手がでてきて弱々しくふりふりされた。「ここにいる」合図にサイはさらにココリエが憐れになった。


 こんなすごい山の中でいつから仕事をしていたんだ、このひと。とか、これ、余裕で忙殺される量だ、とか思いつつ膳を持って手があるところに木簡を避けながら進む。


「おはよう、サイ」


「おはよう、というか寝たのか?」


「あ、あはは、ちょっとだけ」


 ちょっとだけ寝た、と言ったココリエの目はよどんでいた。彼は目の下に濃いくまをこさえてどこかここじゃないどこかを見ているような目でサイを見た。これにサイは微妙な気分だが、ココリエは一応正常に反応できるようで朝餉のにおいに腹の蟲が鳴いた。


 サイは邪魔な木簡を足で除けてから、ココリエの前に膳を置いてやって、自分の場所も確保し、腰をおろす。サイが膳を置いて目の前を見るとココリエはすでに食べはじめていた。おそらく早く食べないとまだやることが、という切迫感があるのだろう。


「少し仮眠するといい。私にできるものを」


「いや、それは、代筆してくれるのは嬉しいが、そうするとセツキがうるさいからな」


「真似っこ」


「いや、絶対バレる」


「すごい嗅覚だな、あの鬼」


「誰のことですか、サイ?」


 噂をすればなんとか。とサイが思いつつ視線をあげるとココリエに負けず劣らぬ濃いくまをこさえたウッペの鷹が立っていた。どうやら王の補佐をしているこの男も寝不足らしい。となればいつもより導火線も短いだろう。


「サイ、あなたも仕事がありますので終わってからココリエ様に手伝いを申しでなさい」


「代筆いいのか?」


「代筆ではなく、正式に書きなさい。狡いことをしようと企むから私が」


「わかったから興奮するな。今のお前の目はいつもの三割増しで据わっていて私はともかくココリエの心臓が縮む」


 本当に。セツキの目の恐ろしいことといったらない。ココリエなど固まっている。


 朝餉の味噌汁が零れそうなので椀を取りあげてやりながら、サイはセツキに落ち着けどうどうする。セツキはココリエの様子を見てため息を吐き、鉾をおさめてくれた。


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