陸章――トェービエ
これで、このままで……
なにも嬉しいことなどなかった。なにも悲しいことなどなかった。ただ、生まれた場所で生まれた時に決められた運命に沿って生きるしかない。そのことを本能的にわかっていたからこそ、私は壊れずに済んだのかもしれない。それもよし悪しなのだろうが。
お陰で私は悪魔となって今に在る。望まれない存在としてしか在れないようになってしまった。自分の歩む筈だった道に別の道を見つけてしまったが為に。見つけさせてもらえたからこその
これでいいのだろうか? 私はこれでいいのだろうか? このままでいてもいいのか?
「しね」
ああ、聞こえてくる。冷たい声。あの戦を契機に耳に入ってくるようになったこの特殊な耳鳴り。死ねと呪う声。最初は誰か私に悪罵を吐いているのかと思ったが、聞こえているのは私だけだと知って気味悪く思ったが、すぐ犯人に思いいたってため息がでた。
ルィルシエとココリエ、それに珍しくセツキも一緒に茶をしていた時だったから三人に揃って奇異の目を向けられた。アレから、シレンピ・ポウとの戦からもうじき一月が経つ。月日が流れるのは早いものだ。
そして、日を追うごとに声は、耳鳴りはひどくなる。寝ても覚めてもずっと耳に、鼓膜に直接響く声。気分は最悪。だが、それをまわりに知られることは許せない。
弱さをまだ見せることができない弱さに反吐がでる。いい加減心許してもいい頃だと言う自分がいるのに、まだ安心ならないと警告する私がいる。面倒臭いな、ホント。
自分の中の二面にいやになる。レンの前ならば心のままに生きていけるのに。なのに、この戦国の者たちにはまだそこまで信頼がない、ということなのだろうか?
……本当にいやになる。こんなによくしてもらっているのに、なんのお返しもできないなんて。義に反する、というのは私らしくないが、なんか、気分悪い。
自分がされたらと思ってしまうからだろうか? 私がココリエたちの立場ならばこれほど世話を焼き、生きていく手伝いをしているのに、と思っているかもしれない。
そう、私が思っている。ココリエたちは思っていないかもしれない。でも、所詮はかもしれない。架空であって妄想の域をでない。ひょっとしたら腹を立てているかもしれないし、別に普通のこととして処理しているかもしれない。……ああ、わからない。
わからないことに激しくイライラする。
こんなこと今までなかった。他人の言動に惑って迷ってどうしていいのかわからないなんてこと、なかったのに。どうして、戦国の人間はこうも素直で優しいのだ。
あの説教魔のセツキすら言葉に血を感じる。元々いたあの世界の人間の言葉に血はなかった。代わりに金と氷が詰まっていた。そう思うからこそ余計に、苦しい。
ああ、雨の音が聞こえてくる。大嫌いな雨。雪よりはましだけど、でも嫌い。雨の日にいい思い出はない。雨の日はよくレンが体調を崩した。そして、私は……。
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