その心、複雑で……
鋭い金属の悲鳴があがり、赤い火花が咲き乱れる。チザンサとウッペの境にあたる林にある喧騒はいまだ静まらない。ケンゴクとキュニエが激しく攻防している隣でセツキはヴァティラとチェレイレ、ふたりの女性を相手取っていた。
強い。ふたり共熟練の戦士並みに力があり、また技量もたしかで付け焼刃の者などいともあっさり刈り取ってしまいそうだ。王子を戦にださない代わり、王女たちを戦に投じるなどと聞いたこともないが、チェレイレの様子から彼女にとってこれは当然。
「戦が男の仕事と勘違いする輩は愚かですわ。わたくしの故郷では当然の措置ですのに」
「次代の者を守る為にさして次代に響かない者を戦に投じることが、ですか?」
「ええ。バージヒオをご存じ? もう今はクドモストに吸収され、亡くなった国ですが、わたくしはそこの王家に生まれ、のちにシレンピ・ポウへ嫁いだのです」
「そして、娘らに過酷を強いた、と」
「人聞きの悪いことを。無理強いしたかのように言うなどと失敬ですわ。幼い頃から教育し、そういうものだ、と教えてやれば、自ずと武器を握って生き残る為に鍛える」
だが、そうして娘たちを戦に投じる準備をし、ぬくぬくと育てあげた自慢の息子を己の短慮で死なせてしまったことをチェレイレは受け入れられない。
だから、サイのせいだ、とほざく。罪なき者に罪をつくって押しつける。デオレドを愛していたが故の憎悪だとしても身勝手がすぎる。それにいささか、憎しみが苛烈すぎる気がしてならない。これではまるでサイがデオレドを殺させるように誘導したよう。
己の阿呆を他人のせいにするだけでも恥ずべき行為であるというのに、すべてをサイに押しつけて彼女を呪うのは間違っている。誰もが口を揃え、言うだろう。
――間違っている。チェレイレ王妃は狂っている。シレンピ・ポウは狂っている……!
だが、そんな正論がチェレイレに正論として届く筈がない。彼女はもはや怨念の化け物であり、その憎悪はサイの命でしか贖えない。それを、許すわけにはいかない。
「ヴァティラ王女」
「問答無用です。どうせ私たちの言葉は双方にとり異国のモノ。通じるわけがないのよ」
「ですが、あなたはどうして戦に身を投じるのですか? それほど兄を思っているようには見えませんでしたが?」
歓待の酒宴でサイに殴られた兄を見るヴァティラの目にはなにもなかった。
唯一見受けられてサイが言うところの「ざまあ」だけだった。ざまあみろ、の略語だと言っていたが、略すほどなのか果てしなく疑問である。
まあ、とにかく、ヴァティラに兄を思う気持ちはないと思っていた。なのに、その身を見知らぬ男のもので穢してでも復讐に助力せよと言う母になぜ逆らわない?
謎だった。どうしてなのか。わからない。憎い兄がいなくなって清々した、復讐など知ったことではない、としないのは、なぜなのだ?
「あなたにはわからないわ」
「はい?」
「恵まれたあなたに私たちの絶望などわかりようもないのよ。道はないの、私たちには。母が用意した道を進み、母が望むままに生かされて滅びゆくしかないのよ」
「どういうことですか?」
「母がいる限り、生きている限り母に従う、それが私たち女が生き残ることができる術」
「……命を質に取られていると?」
「それが私たちの負った
物悲しく気怠げだった王女の瞳に虎か獅子のような気迫が満ち、薙刀を振るってきた。諦めを振り払って今を生きる為に生きる戦士の瞳。悲しい決意だった。
バージヒオ王家で受け継いだチェレイレが娘たちに伝承したとしても、それでも酷にすぎる。従わないなら殺す、死ね、もう要らない。そう言われる。実母に、要らないと言われることがどれほど心を削るか、想像することもできない。ただただ悲しかった。
従属せねば処分、と言われて反発せず、従順に従う姉妹が悲しかった。しかし、同情はしない。そこにつけ込むことが狙いだとわからないバカではない。
自らの意思で
命を懸けて向かってくるのならば全力で相手をするのが戦士の礼儀。チェレイレの大剣をセツキの武器、《
だが、王妃の武器は大物であるだけあり、攻撃と攻撃の間に隙が多く大きくある。それをヴァティラが埋める。よく考えられている。連携として前衛と後衛は聞いたことがあるが、前衛と前衛の組みあわせがここほど強力だとは思わなかった。
今後の鍛練に組み込むに相応しい新しい技法だ。……生きていられれば、ではあるが。
それくらいふたりの攻撃は阿吽の呼吸を凌ぐほどのあいようだ。思考を共有しているのではないかと思うほどに。そして、セツキの武器が持つ特有の殺傷圏、領域を確実に潰しつつ攻めてくるのでなかなか手がだせない。
へたに動けばそこで終わる。だが……。
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