嵐との勝負。勝敗


 テザルノ山の中腹で金属の悲鳴が連続し、水分が蒸発する音が重なって小さく鳴く。


 死闘を再開したサイとトウジロウが鍔迫りあいに縺れ込んでいた。


 サイは自らの雷属性を操作してトウジロウの風に混ぜられた雷の回転を狂わせ、水属性の刃を電熱で蒸発させていく。だが、そこまで。残る風に対抗できる、無効化が可能な属性がないのでサイは徐々に刻まれていく。しかし、退かない。


 一歩も退かないサイにトウジロウは畏怖の目を向けるが、戦士として受けて立つ。サイのジスカがトウジロウのクセンジットと争うのをやめて突きだされる。


 すさまじい雷速の刺突。トウジロウは寸でのところで躱すが、代わりに受けた巨大な樹木に焦げと大穴を開けてすぐ槍は引かれ、持ち主のところに戻った。


「どういう力だ」


「ふむ。やはり戦国にはない技術か?」


「なに?」


「種を明かす義理もない。次だ」


 言うが早いか、サイの次なる刺突が来た。電熱で焼かれながら大穴を開けられる死の刺突が連続で繰りだされる。喰らったが最後、激痛のあまり絶命するかもしれない。


 いや、それ以前に体のうちに穂先を少しでも入れられればそこからサイの超高濃度の法力からなる高圧電流が襲ってきて感電死すること間違いない。


 体をうちから焼かれて死ぬ。想像だけで恐ろしい。サイの槍鋒に迷いはなくトウジロウの急所を確実に狙ってくる。先まではどこか遠慮があったような気がするくらい、本当に本気にさせてしまったと思うほど、躊躇の一切がない攻撃の嵐は苛烈の極み。


 一方のトウジロウは少しずつ攻めあぐねはじめていた。今まで攻略されたことがなかったのが裏目にでたようだ。サイの知恵を絞った対処法に嵐の属性は威力半減。


 いや、ひょっとしたら半減などでは済まないかもしれない。サイの攻撃が徐々に激しくなっていくのにトウジロウの嵐は少しずつ確実に削られていく。反則的だ。


「そろそろ降参せよ」


「笑止。このトウジロウ、死しても屈せぬ」


「今の私はお前に興味がない。相手をするのもいい加減飽きた。これで終わりにするぞ」


 言ってサイはジスカを引き戻して地面に突き刺し、両の手をあわせ、念じるように目を瞑った。敵を目前に瞑目とは余裕をかましすぎていて腹が立つ。だが、トウジロウは動けない。ひどい寒気がする。根の国から亡者が這いだしてきそうな気味の悪い気配。


いのち誇りていのち喰らえ。我、闇に息づきし者」


 静かなサイの言霊。いや、それは謳。戦国に一般的とされる言霊ではない手法で力を引きだしている娘の足下に起こる黒。美しく、白が似合う娘なのに、黒がなによりも映える不思議。女戦士の足下に発生した闇は波濤となり、トウジロウに迫った。


 咄嗟にはまずいものだ、と判断がついたトウジロウが必死で後退するが、すぐに追いつかれて喰いつかれた。喰っていく。それはトウジロウの肉ではない。法力を、嵐の属性そのものを喰らっていっているのだ。


「ぬぅおおおおおおぁあああああっ」


「臭い芝居だ。でてこい、下衆」


「……。鋭すぎるのも考えものだ。可愛げがないし脅かし甲斐がない。だが、なぜだ?」


「む?」


「なぜ最初からこうしなかった? 闇属性の浸食と消滅を使えば嵐など敵では」


「確認の為だ。ここほどの悪意がどこからやって来るのか見定める必要があった。結果、お前の存在を知れた。私に悪意と殺意を持つ厄介な敵がこの世にいる、と」


 サイの簡単な返答に相手の男はさらに可愛げに欠ける女、とサイへの認識を改めた。


 そして、サイも改めた。トウジロウの中にひそんでいた男への認識を。ここほど手を尽くしてただひとりを殺す、徹底的に破滅させようとする悪意。邪悪な存在である、と思っていた。なのに、相手は聖なる君主。絶対の全能者――神を自称した。


 邪神、というのも考えたが、相手の口振りからして違う。相手の男は自身を真実の神であり潔白な存在だとし、サイを邪悪で醜い汚らわしい『器』だと言った。


 『器』とはなんだろう。容器、入れもの、収納の道具。どれも当てはまる。この男の言い方からすると。すべて当てはまるのでいやな気分だ。それはひとであることを否定する言。つまり、「お前は人間ではない」と面と向かって言っているのだ。


 サイは悪魔。人間じゃない。人間でいてもいい、と言ってくれるひとなど……。考えてサイはひとり、そんな阿呆を言ってくれそうなひとに思い当たって苦笑した。


 どこまで寄りかかろうとしているのかと。そう思ってサイはそっと目を伏せる。ココリエの優しさに甘えそうな自分。甘えてもいいのか、と期待する浅ましさ。ただのこどものよう、ココリエに甘えたいと思ってしまう弱い自分に反吐がでそう。が、甘えたい。


 今まで甘えさせてもらったことがないから甘えたい。だからルィルシエが眩しくて羨ましい。兄妹という関係だから遠慮なくココリエに甘えられる彼女がサイは羨ましかった。これがファバルの言う「しっと」、というものなのか、サイにはわからない。


 そんなものが存在しない環境でずっと育ってきたし、ずっとそのような環境下に自身を置いてきた。甘えられることはあれど、甘えられなかった。


「ちっ、今回はこれで退こう」


「……二度とでるな」


「いいや。お前が生きる限り、お前を殺し、お前を死に堕とすその時まで俺たちは呪う」


 言うだけ言って男の気配は消えた。同時にトウジロウの法力が尽きたらしく、男はその場で崩れるように倒れた。勝利し、サイはひとり、空を見上げて嘆息したのだった。


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