新たな武装を手に


 チザンサの国にもウッペと同じくらい山々があり、それぞれに様々な特徴を持っているのだが、そのうちのひとつに今、騒々しい耳障りな金属音が響いていた。


 位置的にはチザンサとウッペの境にあたる山、テザルノ。鳴り響く金属の悲鳴。時として大木が倒れる重低音と小動物たちの逃げ惑う音が聞こえてくる。


 だが、金属たちが奏でる曲は徐々に激しくなり、大きなうねりとなっていく。


 ギィン! と一際大きな音がしたと思ったら、草を潰しながらさがる音がしてくる。


「訊くが、貴公は本当に女子おなごか?」


「他のなにかに見えるならばその役立たず目玉を掘りだしてなにかに交換を依頼せよ」


「……。口の悪い娘だ。しかし、その剛力は女にしておくのが惜しいな」


「褒め言葉、と受け取っておく」


 いつもならば木々の枝葉がざわめき、動物たちが悠々自適に生活するだけの山だが、今この時ばかりは邪魔をする人間がふたり、山を騒がせていた。


 厳めしい蟷螂のような顔。巨躯の男。トウジロウは《猛嵐もうらんのクセンジット》を手に厳しい目で前を見つめている。そこにいるのは先ほどまでの激しい打ちあいの相手とは思えないほど美しい娘。サイはウッペの者にも見せたことがない奇妙な得物を構えていた。


「それは、海外の武装か?」


「突撃短槍とも、ただの西洋槍とも言われる形状の武器だ。お前を相手とするのにリギアでは間合いが短いと思ってな、急ごしらえでつくった一品だが……いいだろう?」


 さも羨ましがれ、とばかりのサイが持つ武器が白々と輝く。属性は雷。武器は先にサイが言った通り西洋の短槍。短い持ち手に反して長い円錐形の刃を持つ槍だった。


 美しい白い体のその武器を軽々と振りまわし、サイは一応の礼儀に武器の名を唱えた。


「《白獄はくごくのジスカ》だ。お前の嵐属性に対抗するにはこれしかない」


「そうか、先から威力が思い通りにでぬと思ったら、貴公の雷属性が某の嵐を構成する雷の回転を狂わせているのだな。そして、水属性には通電で蒸発させることで刃の種類を減らす。なるほど、かなり頭がいいようだな」


「いや、先日打ちあって以降ずっと考えて思いいたった手法だ。頭は悪い方だろうな」


 いつも鷹に「あなたバカですか?」と説教なのか、よくわからないがバカ呼ばわりされているのを考慮すると賢いからはほど遠い気がしているサイは訂正する。


 命を懸けた果たしあいだというのにサイは呑気なものだ。それは己の力と技量への信頼なのか、たんなる慢心なのか判断に迷うところだがトウジロウはこの娘に限って自らを見誤ることはない、と結論し、無駄を問わない。確実に己に自信を持っているのだ。


 己の力を誇っているからこそ自信を持って敵対者にすら礼儀を通す。サイは、相手の娘は骨の髄まで戦士。それを思い知らされた。トウジロウが戦士として劣っているわけではないが、サイの覚悟と潔さには同じ戦士として格の違いを感じてしまう。


 本当に戦士という役に徹し、骨髄までつかり切っているサイは自身の誇りを通す為ならどんな手段も講じる。それは卑怯をする、とかではなく自分にできる限りのことをやり抜くという意味だ。それこそ、例え手足をもがれても相手の息の根を止める。


 この世で最も恐ろしい覚悟を備えた者だ。


 そんな者がここにいる、華奢な少女と言っても過言でない美しく幼さを残した娘だというのが信じられない。何年も、何十年も戦士として努めてはじめて到達できる境地に彼女はもうすでに立っているのだ。これに恐れを抱かない者は、いない。


 同じ戦士であればなおのこと。サイの清冽で純白な想いと戦士としての矜持は恐ろしい。


 さらには今まで誰にも攻略されたことのない自身の嵐属性に有効な、まだ有効な手段を以て挑んできている。常勝無敗など夢幻であり、阿呆の妄想。トウジロウとて漏れず、幾度か膝に土をつけてきた。だが、それでも、そんなトウジロウでもサイは怖い。


 ここまで来るのにいったいどれほどの血を浴びたか知れない。なのに、女はどこまでも清い。そして、あの凍てついた瞳からもわかる。数え切れないほど多くの死線を越えてきたのだと。危険な戦場で常勝してきたからこその誇りと決意と覚悟。


 トウジロウの知る限り、サイ以上の敵はいない。そう思うと同時にトウジロウの足が自然と後ろにさがった。恐ろしかった。常に勝ち、常に生き残ってきた女戦士に歴戦の武士であるトウジロウも恐れを抱いた。しかし、ここで退くわけにはいかない。


 シレンピ・ポウの最強戦力として、ひとりの戦士として、男としてこの娘に背を向けることはできない。戦士としての矜持がトウジロウを踏みとどまらせた。


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