お喋り忍と変戦


「もうすぐ、暮れるか」


「そだねー。ここは北国なだけあって陽が落ちるのが早いんだ~。それはそ」


「まあ、セツキ曰くバカらしいので風邪の心配はないだろうが、このまま、というのは露出狂のド変態様、だな」


「もしも~し?」


「だが、《戦武装デュカルナ》を使えるとも思えぬしな。いざ使ってビリっと来てもらっても困る。被虐趣味者でもあるまいし、鞭も蠟燭もヒールも電流も要らぬからな」


「……。なんだろ、ここまで清々しく無視する女の子は君がはじめてだよ、サイちゃん」


 ウッペの国で行方不明となったサイの捜索に際し、必要なことが行われはじめた頃、サイはひとり自然光が入る窓を見上げて独り言を零していた。


 時々あいの手や、呼びかけの声、愚痴が聞こえる気がするも、サイはそれをすべて幻聴というか、喋っている者を実際にはいない者、としてがっつり無視していた。


 サイは牢獄の中心から少し奥に入った場所に繫がれていた。朝と昼間はちょうど陽当たりがよく、沈んでいく太陽も美しい窓のそば。サイを誘拐させた誰かさんの気遣いなのだろうが、サイからしたらこんなもんクソ喰らえ、だ。気遣う場所が違いまくりすぎる。


 目覚めた時刻は時間の経過具合、サイの体内時計が正常に機能しているとしたら朝。あれからもうこんなに時間が経ったのか、とサイは驚くと同時に感心した。


 長い間、後ろ暗い仕事をしていただけあり、非常時に腹が鳴らない。そんな些細なことに感心してしまっていた。腹の蟲が鳴いてしまったら「朝餉ね~」と運んでこられた握り飯を無理矢理口に突っ込まれたかも知れずであり、そういう意味で腹の蟲に感謝だ。


 ひょんなことで、あの男、ジグスエントとかいうあの麗人に報告されたらなにをされるかわからない、というのもあってサイは朝からずっとサイに食事をとらせようと無駄な試みをしているハクハを無視して、存在を視界から消し、聴覚情報は誤報として処理。


 ハクハはサイの態度に最初こそ「ジーク様に報告して来ようかな~?」と言っていたのだが、サイが「気づかなかった」としらばっくれる気満々なのを察して無駄をしない。


 両者互いに譲らない変な戦いである。ハクハとサイの変戦へんせんにだが、ようやく水が差された。熱湯、かもしれないが。牢獄の戸が開き、途端に牢内に香ばしいにおいがただよった。ハクハが見ると、彼によく似た色を頭髪瞳に持つ少女が立っていた。


「あら、コトハ? おつかれー」


兄様あにさま、まだやっていた?」


「いやぁ、なかなか手強くてさ」


「それ、甘やかしているだけだよ」


「ダメダメ。このはジーク様がはじめて強引にでも奪いたいって所望された乙女なんだから。丁重に扱わないとね~。コトハだってそんなんわかっているだろ?」


 兄の言葉にコトハは不機嫌そうに鼻を鳴らして牢の中を進み、サイの前にひとつ、膳を置いた。見るからに美味しそうな料理が膳の中にところ狭しと並べられている。


 魚や烏賊のつくりに煮物、おこわや茶碗蒸しに一番出汁の澄まし汁。春一番取りの青菜はおひたしにしてあり、香の物も上品に盛りつけられている。まるで貴人にだす最高級の食事にしかし、サイは一瞥もやらない。


 窓にはまっている鉄格子の向こうにある陽が視界から消えていくことを惜しんでいる。


 コトハが兄を見る。ハクハも妹を見る。ふたりは無言で会話。「どうよ、これ?」、「うっかり尊敬する」などといった無言が交わされるそばでサイは沈み切ってしまった陽を惜しむのをやめて膳、ではなく、ハクハたち忍兄妹をじとっと睨んでそっぽを向いた。


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