いきなりの……


「フロボロを唆したか」


「いいえ。きちんと堂々脅しましたが?」


 ……。なんだろう。なんだかとんでもないことをさらりと言いおる男である。しっかり脅したって、他国の王を脅すなどといったいどういうこと? そんなことをして大丈夫なのだろうか。いやまあ、大丈夫じゃなくてもサイにはまったく関係ないが。


何故なにゆえか」


「……。わかっていることを質問し、以上の答を引きだそうとする。なかなか、いえ、この状況でそのような頭の使い方をするとは予想していたより万倍好みですね、サイ」


 なにか、また聞き捨てならないことを聞いた気がするサイは己の耳の機能不全を疑ったが、どんなに聴覚に再検索をかけてみても同じ言葉が脳に届けられる。


 ――好み? 好みってなにがだ?


 好ましい、好きという意味だというのはわかるがわからない。それはどういった意味あいで言われているのだ?


 サイの中には単純な二元論しかない。例えば好悪。嫌われていない、好かれているというのはわかったが、それでも、ジグスエントのはココリエやルィルシエの好の感情とは明確に違う。だから、わからない。それがどういった好きの気持ちなのか。


 今まで好きだ、と明確に言われることなど、ウッペでルィルシエやココリエに言われるまで言われたことのないサイだから余計に彼らの好きは心地よい気分になれるもの。


 しかし、ジグスエントの好意はなんか、なんとなくいや、というか気持ち悪い。


「なぜ、の答を差しあげましょう、サイ」


 サイが好き嫌いについてもさもさ考えているとジグスエントが口を利いた。サイのなぜに答えてくれる、と言った王は先まではなかったものを美貌に浮かべている。


 獰猛なクセ、獲物を可愛がって弄び、ゆっくり時間をかけて喰らう肉食獣の笑みだ。


「帝都の、帝様の宮であなたに一目惚れしたからですよ、サイ。だから、此度、ルィルシエ王女に偽の見合い話を持ちかけたのです。の姫はあなたによくよく懐いていると聞いていましたので必ず護衛のひとりに加えると思っていました。……ね?」


「腐れ思考の脳味噌を今すぐ廃棄しろ」


「そうおっしゃらず。大丈夫です。わたくしはそこら辺のオスとは違います。好ましいからと無理にその純潔を奪ったりしません。……ですが、せめて、甘露は味わいたい」


 甘露を味わいたいと言ったジグスエントはサイの両頬を捕まえてサイが抗議する暇も隙も与えず口づけた。突然のことにサイは驚いて硬直。あの封印体とかいうものの中でココリエにされたばかりだがまさか、こんな……。


 知りあって数分にもならない者にいきなり、は思わなかった。驚いて硬直していると、唇にぬるりと生温かなものが触れた。咄嗟に口を閉じようとしたが間にあわない。


 そのままジグスエントの舌に唇を割られたサイの舌に男のものが絡まる。


 サイが身を捩って抵抗し、逃げようとするが、あまり激しく動くことはできない。


 電流のお仕置き装置つきの拘束具に縛られているのもそうだが、ハクハとコトハというらしい少女がサイを押さえつけに来たのだ。ハクハはサイの顎の下に手を入れてサイの顔を持ちあげさせ、もう一方の手は肩を押さえている。コトハはサイの頭を掴んでいる。


 身動きできなくなったサイにジグスエントはうっすらと、それこそ薄気味悪い感じ、まるで抵抗を嘲り獲物を丸呑みする蛇のように笑ってさらに激しくサイを求めてきた。


 拘束され、固定されてどうすることもできないサイは流し込まれた男の唾液に噎せる。


 美貌の女戦士の唇端から彼女のとジグスエントが流し込んだ唾液が混ざって流れていく。顎を伝い、上は肌着しか身に着けていないサイの胸元に落ちて肌着の黒をより濃く深い色味にする。卑猥な口づけの音が牢内に響き、サイは羞恥心で爆発しそうだった。


 貪るような口づけ。かぶりつくようにサイの唇を食んでいるジグスエントは瞳に浮かべていた笑みを深めて一度離れる。美貌のふたりを唾液の糸が繫いだが、ジグスエントがサイの唇を指で拭って自分の口に入れた。噎せる音。


 ハクハとコトハ兄妹に無理矢理上向かせられていたサイがジグスエントの唾液を飲むまいとして抵抗し、結果、気管かどこか変なところに入ってしまったらしく激しく咳き込んでいた。それを見て、ジグスエントはハクハたちに目で合図。サイを解放させた。


 解放されたサイはすぐ下を向いて自分の口に残ったジグスエントの味を吐きだした。


 ぺっぺっと最後の一滴まで吐きだすサイは俯いていたが耳どころか首まで真っ赤だ。


 ゆでられたように真っ赤になっているサイにジグスエントは非常に満足そうにしてくすくす笑う。サイの無垢さ、純粋な様に大満足、といったふうな男は立ちあがる。


「さて、そろそろあなた以外の者がウッペの国境に到達した頃合いでしょうね、サイ」


「けほっ、ごほっ、ぉえ……」


「ふふ。コトハ、書をしたためてありますのでフロボロまでお使いをしてくださいな」


「……はっ」


「ハクハ、本日はまっこと素晴らしい日です。久方ぶりに宴としましょう。準備を女官たちに言伝てくださいな」


「はーい。……って、ジーク様? サイちゃんはどうします? 多分てか確実に」


「……ああ、悲しいことですが、膳を用意してここへ運んであげてください」


「了解でーす」


 サイがゆだったまま話を聞いていると、ジグスエントが宴の準備を言いつけていた。そして、コトハにフロボロへの使いを頼んでいるのを聞く限りは脅しをさらに重ねる気でいるらしい。それつまり、サイの所在をバラすな、だろう。サイは嘆息する。


 これは当分、フロボロがウッペに屈するまで助けは期待できないと思ったのだった。


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