はじめましてだろボケ


「誰か」


「おや?」


 わかりやすく現在地を教えてくれた親切な麗人にサイは暗に名乗れ、と言った。


 言ったが、麗人は不思議なことを聞いたとばかり疑問符を吐きだした。柔らかな声だが、その声を聞いた牢内のサイ以外の人間たちは震えて歯をカチカチ鳴らしている。


「帝都でご挨拶をしたと思ったのですが?」


「忘れた」


「おやおや」


 サイのある意味間違いまくった返答に相手の男と思えない美貌の男はくすくす笑う。笑っていたが牢獄の中、サイの他に投獄されている者たちのだす音に表情を凍らせた。


「耳障りです。それ以上、わたくしとこのコのお喋りを邪魔するなら、ミツハのおやつになっていただきますよ?」


 牢内が男の言葉で一気に静まり返った。それだけでサイはひとつ察した。あ、これは関わったらいけない類の人間だ、と。だが、どうやら相手は関わる気満々の様子でサイの前にしゃがみ込んだ。牢内が静かになってご機嫌そうな男は少し申し訳なさそうな顔。


「ハクハから聞きましたよ。わたくしの飼う忍のうち、あなたの確保に動かした者の半数を挽き肉にしたと。ですので少々心苦しくはありますが拘束させていただきました」


「イミフ」


「? ふふ、そんなことより、改めて見ても素晴らしい美貌ですね、サイ」


 サイのイミフを流しつつ男はサイの頬に触れてきた。その瞬間サイの背筋に怖気が走る。絶世の美人に触れられているだけなのにどうして怖い感じがするのか、と思ったが、本能が告げている。この男は捕食者。サイは、今のサイは憐れな生餌。蛇と蛙の関係。


 なので、サイは触れられていることに強烈な生理的嫌悪感を抱いた。ゾッとしてならない。なので、ふいっと男の手を払うようにそっぽを向いた。


 相手の男はサイの反応に不思議そうな顔をしていたが、やがて微笑みを深めて口を開いた。己と自身の後ろに控えるように従っている者たちを紹介する音を紡いだ。


「では、改めまして。わたくしはここオルボウルの王、ジグスエント・クート。後ろにいるのは海外から出稼ぎに来ている忍役の兄妹。ハクハとコトハです」


「糞ほどどうでもいい」


 いろいろ諸々間違っている。国王自らの自己紹介をどうでもいいの一言で切り捨てるとか、間違ってなくてもかなりの高確率で無礼として首を刎ねられる。


 しかし、ジグスエントはサイの反応を愛おしそうに見つめて微笑み、流した。


 サイは男の微笑みを不思議がったが、そのジグスエントの後ろを一応お義理で見た。


 あの時の、ここで目覚めて最初に見た男とその男にそっくりな色を持ったまだ歳幼そうな少女が見えた。兄妹で出稼ぎとはこの世界の海外というのは貧しいものなのか? と思っていると、おそらく、ハクハ、と思しき男がくすっと笑った。


「ジーク様ってば、それじゃあ、俺ら兄妹が貧困に喘いで島国ここへ致し方なく密入国したみたいに聞こえますよ」


「おや、祖国の戒律が嫌いで逃れてきた上に海外通貨よりもこの島国のシンが金銭的価値があるからここへいらしたのでしょう? そして、南で口が見つからなかったからここまで旅をしてコトハ共々野垂れ死ぬ寸前でわたくしが拾った。なにか違いますか?」


「あー、俺たちのアレが悪化しましたね」


 アレ、多分、イメージとかそこら辺のことが言いたいのだろうがハクハたちのイメージがどうなろうがはっきり言ってサイにはどうでもいいし、まったく無関係だ。勝手にいくらでも崩壊しやがれ、と思うくらいには自らを不自由にした男へ嫌悪を募らせていた。


 サイの視線があがる。ジグスエントの顔を正面に見てサイは明確に威嚇的な色を瞳に宿した。そのことにジグスエントの背後に控えているハクハが青い顔をしたがお構いなしでサイはジグスエントに「大嫌いというか今すぐ音速光速で死ね」と無言で呪詛を送る。


 ハクハの隣にいる少女もサイの間違いまくっている反応に小さく肩を揺らして瞳に怯えを浮かべた。どうやらこの兄妹はジグスエントのことがよほど怖いらしい。


 それを言ったらサイも少々怖い。


 なにしろ、サイを誘拐してここに繫ぐように命じたのはこの男だろうし、この拘束具に仕掛けられた電流ものはジグスエントの指示で設置されたのは明白。


 それに、第一印象をサイは重んじる。


 怖い。そう思ってしまった。細身であり、ココリエほどではないにしろ、それでも戦士ではないだろう男にどうして恐怖心を抱いたのか不明だが、本能がしきりに警鐘を鳴らしているのでサイはそれに従う。


 今まで過酷にして苛烈、残酷で陰惨で無惨で無慈悲でどこにも救いがない紛争地帯の激烈な戦争にも裏参加してきたサイ。相対した者に感じる印象は重要だった。危険、と思った者はたいがいにおいてかなり凶悪な武装をしていることが多かったからだ。


 だから慎重を期して対処し、始末した。それと同じ、いや、以上の危うさを感じさせるジグスエントに無言とはいえ呪詛を送るのはサイ自身かなり間違っているとわかってはいるが、それでも呪わずにはいられない。


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