王女へお見合い話


「得があるかもしれないですよ」


「……かも、か?」


「確約できないことを堂々と言えません」


「ふむ」


 なので、ルィルシエは得があるかもしれないと言って話を逸らさせない方向で話す。


 そのまま、懐を探って一枚の書簡を取りだし、サイの目の前にだした。サイははっきり言って興味皆無だったが一応の礼儀として受け取って開き、目を通す。


 書簡の署名に先んじて目を通す。フロボロ王ナナャイ、とあった。内容を簡単に流し読みするとウッペの同盟国オルボウル王ジグスエント・クート殿よりご紹介いただきルィルシエ王女のことを知った。息子との縁談を持ちかけさせていただきたい、とあった。


 サイはよくわからなくて首を傾げた。


 オルボウル、というのはどこかで何度か聞いたことがあるような気がするが、フロボロなどと聞いたことがない。そして、どこぞの説教魔から主要な国を知っておけ、という命令で渡されたお手製感のあるお国ガイドブック的なものにもなかった気がする。


 つまり、規模の小さな国、ということなのだろう。セツキがわざに覚えておく必要がない、と判断した小国。そこが東の大国ウッペの王女に見合いの話。イミフ。


「で?」


「はい。お父様としてはお断りしたいそうですが、盟国であるオルボウル王からの紹介を経て来たお話ですのでお会いするだけはするのが礼儀、と渋い顔でしたわ」


 父親の渋い顔を思いだしでもしたのか、ルィルシエはくすっと笑ったが、次にはまたサイにひっつくほどの勢いで接近してきた。サイはルィルシエが近づいただけ離れた。


 女戦士の尻が床をする。離れていくサイにルィルシエはむっとしたが、すぐ笑顔になった。その笑顔に悪寒しかしないサイは無表情で瞳に「うげ、やな予感」と揺らす。


「フロボロへの道中、わたくしの世話役と見せた護衛をお願いしたいのです」


「却下」


「は、無理です。他に適任がいませんもの」


「それこそはったりであろう」


「あと、ケンゴクにも同行を頼もう、ということでお父様と話をしてきましたわ」


 サイの抵抗を無情に潰していくルィルシエは楽しそうだ。小国でたいして見物になるものはないだろうが、サイがいてくれさえしたらそれだけで充分、と言わんばかりだ。


 サイと旅行、嬉しいな~、楽しみだな~。……と、いうふうである。ルィルシエの笑顔に正しく反比例してサイは瞳に苦みとかそういったものを浮かべていく。


 なんというか、汚物の中に頭までどっぷりつかったとか、肥溜めに落ちたとか、そんな感じに不快感とは違うが不機嫌な感情が瞳に躍っている。めっちゃ失礼。


「サーイ? 一緒にいきましょ?」


「それは誘いではなく強制的脅しである」


 ルィルシエはもうすでに父ファバルと話を詰めてきている。それを断ることはできないってか、しようものならウッペの鷹が説教雷を落とす。感電するまではいかないが、脳髄に痛いのは変わりない。サイはセツキの説教が本当に大嫌いなのである。


 なので、もぉーう、いまさら仕方ない。


 こんなことなら森バルなどして遊んでいなければよかった、とサイは後悔した。


 が、もう遅い。ってか、こんな文が来るのは早朝ではなくもっと陽の高い時間帯に使者が持ってくるのが普通だ。つまり、昨日までに文は届いていただろうし、ファバルはルィルシエを呼んで話をしていた筈だから、森バルははっきり言ってまったく関係ない。


 まあ、んな細かいの誰も突っ込まないが。


「では、サイ。お仕事の区切りがつきましたらわたくしのお部屋に来てください」


「ぬ? そんなに早急に発つのか」


「いえ。女の子は準備万端が基本ですわ」


「ひとりでやれ」


「サイが見立ててくださった方がなんとなく歳より大人らしく見えるんですもの。帝都へいった時、サイが選んでくださった着物と装飾品効果なのか、いつもフォロでは「お嬢ちゃん」ですのに帝都では「お姉さん」と言われたんですのよ? だからお願いです」


 見合いの相手はどう考えても歳上。ならば、服装や装飾品だけでも大人を気取りたいのが女子心といったところ、なのか? 生憎とサイに女子力はないのでわからない。


 サイは深々とため息を吐く。が、反論はしなかった。こりゃもうどうしようもないから、いまさらだから、服飾品諸々選びくらいは付き合ってやるか、と嘆息。


 サイのため息を承諾と受け取ったルィルシエはことさら嬉しそうににっこりしてココリエの執務室をでていった。と、入れ違いにココリエが復活したのか部屋に入ってきて妹のご機嫌とサイの不機嫌に首を傾げた。でも、とてもへたに訊けない。特にサイ。


 今の、不機嫌なサイに事情を訊くのは自殺申請するようなものだ。


 なので、ココリエは首を傾げるばかりだったのだが、意外やサイは簡単簡潔に説明してくれた。いや、ルィルシエから預かっていた書簡を渡して説明に代えた。


 読んで一発でなぜか事情が知れたココリエはそれ以上には突っ込みも疑問視もせず、仕事をはじめてくれた。サイが終えていたものに誤字脱字がないか、漢字の使用は適正か、いろいろな箇所を確かめて認めの印を押していく。


 ふたり黙々と仕事をして、昼前に今度は中庭へ移動。そこでココリエは拳術の稽古をつけてもらい、はじめてサイに腕が少しばかりあがってきたか、と言ってもらえた。


 そして、次からはもう少し難度をあげる、と無慈悲宣言も賜ったりしたのだった。


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