北の国へ
「サイ、見てくださいっすごい滝です」
「だからどうした」
「こちらの方も自然が雄大なのですね」
「それがなにか」
おいおい、もうちょっと反応してやれよ、と思っているのは一台の車を囲っているかもしくはその車の御者をしている者の感想だった。返しの言葉が、答が淡白すぎる。
まあ、一緒になってはしゃいでいたらそれはそれで怖いというか天変地異以上のナニカが起こる前触れだとそう感想を抱くが……。って、こんなことを考えているのが知られたら最悪殺され、半殺しの刑に遭うのは必至だ。だから誰もなにも言わない。
「むうぅ、サイ?」
「?」
「地図ばかり見ていないで少しは」
「己ひとりで勝手に楽しめ。私は観光で来ているのではない。有事に備えねばならぬ」
「有事って……。サイ、お見合いにいくのですわよ? なにが起こるというのです?」
「備えぬ阿呆は死ぬだけだ」
「……もう」
仕方のないひとだ、とばかりルィルシエ、先からサイに半分興奮して話しかけていたウッペの王女は呆れの声を吐いた。本当にいつでもどこでも
先から、ルィルシエを放って、仮にも世話役に扮して来ているというのに地図となにか知れない紙切れと睨めっこしているウッペの女傭兵は忙しそうにしている。
「ケンゴク」
「お? どした? 姫さんとお喋りする気」
「ボケるな。一息入れるぞ。ケツにくる」
「おめえよぉ……」
仮にも花の乙女が尻のことをケツ呼びってどういうことだ? まあ、そう思いはしてもサイをあまり過剰に女扱いしては怒られるってか蹴られるので指摘しない。
それにサイの言うことももっともだ。ここら辺で一息入れておかないと先はかなり荒れた山道が続く。そうなるとお尻に障る。特に車での悪路に慣れていない王女は。
判断してケンゴクは車の周囲で此度の見合い話の旅路にあるかもしれない悪意を防ぐのに選ばれた近衛兵五人に合図して自分もイークスの手綱を引いて車を停めさせる。
ちょうど周囲が見渡せる崖、ルィルシエが騒いでいた滝の上にある開けた場所で休憩の為、車を停めた。車が完全に停まったのを確認してサイはルィルシエを片手で抱えて車をおりる。ほんの軽い荷を持つように自分を抱く女戦士に王女は驚き、悲しむ。
そんな力を、それほどの力をえるだけの過酷を経験してきたということだから。
兄からある程度の話は聞かせてもらった。正確には駄々をこねて話をせびった。
ココリエは困った、困りマックスという顔をしていたが、ルィルシエがけっして興味本位で、軽い気持ちで訊いてきたのではないというのを理解して教えてくれた。
生まれてから幼少期、本当に歳幼い頃から虐待され、忌み嫌われて飼育されてきた。
サイの左目をくれぐれも話題にあげないように、とこの時釘を刺された。そこにはサイの不幸のすべてがあると言っていた。その目が故にサイは虐げられ、嫌われ、忌まわしい悪魔の呪われ子だと言われてきた。実の親に、残酷に、心身共に傷つけられてきた。
だから、例えなにがあってもそれだけは訊いてはならない。それを約束できるならということで家を脱したサイのその後のことを話してくれた。闇の道に入った話を。
悲しく辛い冬の祝祭日。海外にあるとされるお祝いの日。世間が、普通の家が祝いをしている日にサイは大切な者を亡くした。大事な、世界一大事で愛していた妹を……。
悲しかった。その日以降サイの心は凍ってしまった。心が死んでしまった。そして、両親に罵られていたまま悪魔となった。悪魔の如き力をつけ、悪魔と恐れられた。
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