春のうららかなりし日に


「うむ。茶の美味い季節だ」


「ああ、和むなー」


「……仕事をしなさい」


 ウッペが御目通りを終え、向かった衆が国へ帰ってきて早くも五日が経つ。ウッペの代表たちが留守をしていた間もウッペ国は特になにが起こるでもなくまわっていた。


 唯一あげるとして事件を述べるとすると王が側近に取りあげられていた座椅子を封印から解き放って使い、居眠りこきまくっていた、なーんて平和なお話くらいだった。


 御目通り、そこで起こった珍事について報告を受けていたファバルはサイが怒っているようならココリエを叱りつける気でいた。が、サイは怒るどころかめちゃくちゃ、普段にはありえないくらいご機嫌で帰ってきた。


 不機嫌なルィルシエはココリエが姑息にもサイを茶葉で釣った、と言っていたがファバルは安いなおいっ!? とそっちに、サイを釣ったものの方に驚いていた。


 で、一応サイにも確認してみたが、もう許した、と軽く言ってさっさと茶葉を片づけに去っていったので以上になにかを訊けなかった。当人たちの間で決着がついているものをいまさら蒸し返すのも無粋、とファバルは深く突っ込まなかった。


 それがまたルィルシエには火に油、なのだが解決しているものは解決している。それを外野がガーガーうるさく言うものではない、とファバルはルィルシエを宥めた。


 ファバルはひとつ気がかりがあったが、それと今回のこれが関係している可能性は低いだろう、と無理矢理納得してそこについてもつつかなかった。つついてもよくないものを掘り起こす可能性がある。だったら、今回は見なかったことに、と決めた。


 そしてそして、再び座椅子を没収されたファバルはひとり部屋に閉じ込められて仕事をこれでもか、と盛られた。王に仕事を特盛山盛りで渡したセツキは続いて王子が仕事をしているか確認に来たのだが見事にサボっていやがったので額に青筋が爆走。


 王子の執務室でココリエは側近の娘、サイと一緒に茶をしばいていやがりました。


 しかも、セツキが低く唸ってもふたりは振り向かないのでセツキは戸のそばに立てかけてあった竹刀を手に気配と足音を消して接近。振りかぶって側近娘を叩こうとしたがサイはセツキが振りおろすと同時に振り向き、竹刀を片手で簡単キャッチしてついでベリキバキっと破壊。


 竹の刀だが、それでも充分武器となりうるものを女の手がこんな簡単に破壊するのは現実的にどうなんだ、と思ってしまうセツキだが、サイに責める目を向ける。


「濡れ衣」


「なにがですか?」


「今日のは終わった。それとも増えたか?」


「は?」


 最初の一撃は怒りで返せたが、続けて吐かれた言葉にはさすがのセツキも呆けた。


 終わったって、終わったのか? おかしいぞというかかなりだいぶおおいにおかしい。留守にしていた間の仕事が積もりに積もっていた筈。それがたかがこの数日で片づいたなどと冗談以外のなにものでもない。


 だというのに、セツキを見つめるサイの目には真剣さがある。若干気圧され気味のセツキが壊されてしまった竹刀を引いてココリエの机に置いてある仕事を確認する。すると、たしかに机の上に置いてあるものは綺麗にまとめられ、終えてあった。


「ざまあ」


「……だとしても勝手に休むんじゃ」


「我らは馬車馬や奴婢ぬひではない」


「誰がそんなことを言いましたか」


「ほぼ、セツキが言った」


 セツキが確認して苦々しい顔をしたのにサイがざまあ、などとトドメを吐いた。


 が、それが新しい着火剤になったらしくセツキは休む時は報告くらい寄越してから、と暗に言う。しかし、サイは即行で自分ら奴隷じゃないんで、みたいな言葉で返答。セツキはそんな差別を言っていないと主張し、サイは言った、と反撃。ああ、なんでしょう、この低レべ喧嘩。


 しかし、ココリエはサイとセツキの言いあいをほとんど聞き流して茶をすする。休憩を満喫しているココリエはサイの淹れてくれた茶は美味いなー、と平和な思考。


「私の確認を待ってから休憩しなさい」


「休憩くらい好きに取らせろ。細かいぞ」


「あなたがつくったあの座椅子のせいで聖上が仕事をうっちゃっているんですからね」


「だからどうした。悪いのはファバルだろ」


「つくったあなたの責任もあります」


「椅子は本来体が楽なように」


「知っています。が、快適と楽は違います」


「あー、茶が美味い」


 うるさいふたりの舌戦を余所にココリエは寛ぐ。茶や茶葉については意見があうこともあるが本質的に真逆のようで一緒な方向を向いているけど向かう先が微妙に違うせいでおふたり、仲がいいような悪いような気がしつつ悪い。最悪最低的に悪い。


 ふたりは仲が悪い。それが思い込みかもしれない、と思うとココリエは途端に苦しくなったが気がつかないフリをしておいた。それは知ってはいけない感情だから。


 ――好き、サイ。好き、愛している……。


 ココリエは自らの中に芽生えてしまった厄介な感情にそれでも蓋を乗せて重しを十個ほど乗っけた。これはいけない、抱いちゃいけない、ダメだ、ダメ……と。しかし、いけないと思えば思うほど苦しくて、辛い。心の中に抱えた秘密の恋慕を胸に王子はため息を吐いたのだった。


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