お礼とお詫びと買い食いと
「どこから湧くのだろう」
「サイ、ひとを蟲みたく言うな」
「では、ゴミか」
「……あの、どっちもどっちだからな」
帝都。参の
ちょっと、いや、かなりどうかと思う一言だったのでつい、突っ込んでしまった。たしかにウッペにはないにぎわいで人混みだ。でも、だからってどこで湧くのかとか、人間を便所の蟲扱いするのはかーなーりおかしい。
まあ、サイらしいっていえばらしいが。
「よかったのか」
「詫び、と思ってくれ。安くて悪いが」
「……わかった。では、ありがたくもらう」
ありがたくもらう、と言ってサイが抱え直した小さな包み。サイが鼻を近づけてすんすんにおうと、柔らかいとてもいいにおいがした。紙の包みには「宮茶」と刻印がしてある。帝の宮に卸すことを許可されたことを誇って店主がつけた店名だそうな。
最近では茶は滅多にいかなくなり、代わりに造酒業の者や、酒蔵を抱えている者が入っているらしい。しかし、たまに祝祭の行事用に茶葉を入れさせてもらえる。
そんな話を店主がしてくれたが、サイはほとんど聞き流していた。だって、そんなことどうでもいい、と思うほど嬉しかった。詫びと礼の気持ちにココリエが茶葉を買ってくれる、と言うのだから。それも、いつも高すぎるからとサイが我慢していた高級産地の茶葉を好きなだけ。
サイは茶葉屋でいろいろ目移りしたが、コウトクの一番茶とメノウタオ産の茶を買ってもらった。ココリエは遠慮しなくていい、と言っていたがサイは気持ちは充分もらった、気を利かせてもらったから、と遠慮した。
ココリエは最初モノモ産の茶葉を買ってくれようとしたのだが、その茶はいつもセツキがストックしているのでいざ飲みたかったらちょろまかせばいい、とサイは恐ろしいことを言って他の気になった茶葉を注文した。
セツキの茶葉をどうやって盗むのか知れないが、サイの口振りからしてどうも、すでにやらかしたことが何度かある臭い、というのを察し、ココリエは以上を追求しないで会計をしてくれた。サイは無表情ながらもご機嫌だ。ずっと茶葉の袋をくんくん。
美味しいおやつの袋を嗅ぐ子犬のようだ、と思ったココリエはこんな安いもので満足、本当におおいに満足して鼻唄を歌っているサイに苦笑が零れてしまう。
「少し休憩しないか?」
「寝るのか」
「違う、違う。小腹がすかぬか?」
今日のココリエ、眠たい。が、サイの頭にだいぶ深々と刻まれているのを知ってココリエはもうひとつ苦笑い。違うからな、と答えて言葉を足してくれた。
小腹がすかないか、と。問われたサイは少し首を傾げ、腹を撫でて考える。結論。
「正午もすぎたな」
「ああ、余は朝寝ぼけていたからそんなに食べた感じがしなくて余計に、な?」
「ふむ。私も少々ならば食べられる」
「では、帝都の名物を食べていこう」
帝都の名物、と言ってココリエは一軒の屋台に向かい、店の者に注文。しばらくして、まだお茶の袋をくんくんしているサイに串に刺さった肉、のようなものを渡した。
とりあえず受け取ったサイがココリエを見ると青年はもうかぶりついていた。熱々のでき立てらしく湯気が溢れる串焼きっぽいものを青年は袋にあと三本、抱えている。
小腹、というか結構本格的に腹が減っていたようだ。というのを確認してサイは茶葉を片手にしっかり持ったまま串焼き風のなにかを齧ってみた。肉汁はあまりないが、柔らかく煮た上にたっぷりのタレにくぐらせて焼いてあるらしく甘辛香ばしく美味。
「ん。食える味」
「こらこら、帝都民に叱られるぞ。帝都の食事処はどこも結構いい値を取るので代わりに屋台は比較的廉価で美味しいものが売られるそうだが、これは本当に名物だな」
「今までにも?」
「いや、父上に帝都で買い食いをするならばモングフッチャの串焼きは絶対に外すな、と言われたのでな。余は気に入ったが、サイはどうだろうか?」
「うむ。買い食いには最適」
「……気に入った、と」
ココリエの確認にサイは応えない。モングフッチャ串焼きをもぐもぐするのに忙しい。
それからふたりは帝都の参条通りを楽しんで夕暮れもまだまだという時刻に旅籠屋へ戻って早めの荷づくりをはじめた。ほんの四刻半ほどの時間だがお喋りするでもなく荷をつくったふたりは自分たちの荷を一ヵ所に集めておき、一息ついた。
これだけ早くきちんとつくっておけばセツキもガミガミ言わないだろう。思考を共有してふたりは笑ったり、無表情でまばたきを返したりした。サイはせっかくだから、と買ってもらったばかりの茶葉を使って一服の茶を淹れてくれ、そこからはふたり他愛なく話してすごした。
夕が近くなった時刻になってやっと帰ってきたルィルシエはケンゴクに大荷物を持たせてるんるんで兄の部屋を覗いたがすぐ、ケンゴクにしーっと静かにするよう合図。
ココリエの部屋でココリエとサイは気持ちよさそうに眠っていた。サイは胡坐で座ったまま。ココリエはサイの胡坐、ももに頭を乗っけてすやすや熟睡していた。
微笑ましいふたりをセツキが叩き起こし、帝都を出発したのは宵が落ちてからだった。
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