強敵を退けて


「くっ」


 ネフ・リコが前にでる。


 男の刀が砂浜を貫き、そこから白炎が噴きあがった。制作過程を見て氷ならば炎で対応ができる、と思ったのだ。瞬時にそんな判断がくだせるのはさすが戦国の強者だ、とココリエは思ったが、サイは壁があった場所で伏せ、氷の礫が頭上をすぎていくのを退屈そうに見送る。


 退屈のわけ。サイの氷がネフ・リコの炎に激突し、信じられないことが起こった。


「な、に……?」


 人間の想像力にも限界がある。は人間の想像を超えていた。炎が、凍った。ゆらゆらりと揺れるままに時を止めてしまった炎は二度と熱さを誇ることはない。


 着弾した瞬間、礫は溶けかかったように見えたが、瞬時に絶対零度を取り戻して炎を包み冷却。炎が凍るなどと誰が予想しようか。想像できようか。だから、ネフ・リコが驚いて動きを止めてしまったのもわかる。だが、その停止は致命的だ。


 凍った炎の壁が砕ける。


 サイのつくりだした氷の凶器がさらなる礫を放っていた。綺麗な宝石とも見まがう礫はイキバの掲げた腕とネフ・リコの肩に着弾。肉が凍る恐ろしい音が響く。


「ぐあ……っ」


「ぬぐぅ!」


 ネフ・リコは肩を咄嗟に庇いかけたがやめ、さっと手をひとつ横に振った。空間が歪んでいき、ネフ・リコとイキバの姿が南国の島から溶けていく。そして、まばたきのあとには消えていた。残ったのは凍傷によって腐っていく肉のにおいだけ。


「ちっ」


 少しの間、周辺の気配を探っていたサイが舌打ちした。ネフ・リコたちは完全にここから立ち去ったらしい。そのことを確認してからサイは海の方に手を振った。


 氷のおおゆみが壊れていく。氷が溶けるように崩れる。アレがひとを傷つけたとは思えないほど呆気なく美しいままに儚く消えていき、もはや跡形もない。


 氷は海に還っていき、透明から青になってそこに在る。まるですべてが夢であったかのように、まるでなにもかも幻だったかのようにそこにはなにもない。


 静かに波が打ち寄せる音が聞こえてくる。


「怪我は?」


「え?」


「怪我はないか、ココリエ」


 なんて格好いいんだ。まるで男のようだ。とても、とてもとっても悲しいことだが、完全に立場は逆転している。でも、いやじゃない。だって、サイだから。


 なんだかすべてがどうでもいい。


 今必要なのはサイに答えることだが、なにを答えたらいいのかわからない。大丈夫なのはサイもわかっている。その上で敢えて訊いてきた理由はなんだろうか。


 だけど、サイなのであまり深く勘繰って訊くと叱られる。そんなつもりはない、と棘が刺さるのがオチだ。ココリエを守って、庇ってくれたのは自衛のついで。それ以上でも以下でもない。それが、それこそがサイだからそのままでいい。そのままの方がココリエも心地いい、筈。


「余は、大丈夫だ。サイは」


「見たままだが?」


「あ、ああ……」


 このに触れたいと思っていたのはなにかの間違いだったのだろうか。帝に言われて偶然近くにいたサイの色香に欲情を誘われでもしたのだろうか。


 そんな失礼極まることを考えたココリエが冷静に落ち着いてサイを見つめ直す。


 黄金を溶かしたような艶を持つ黒髪。銀色の隻眼。色白の、白すぎる肌。そしてふっと、そういえば、あまり突っ込んで訊いたことはなかったからか訊いてみたいことができた。どうせ、すぐすぐここからでることはできないだろうから時間潰しにはちょうどいいと思い、訊ねる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る