暗い通路


「サイ、阿呆をしたら許しませんよ」


「……」


「返事をし」


「うるさい」


 ぎり、と歯軋りの音が聞こえてきた。今もうすでに阿呆全開であるサイにセツキが殺気立つも帝の宮で殺人をしてはいろいろなものがかなりヤバい。


 サイはきっとそんなこと意識せず言っているのだろうが、セツキとしては面白くない限りであろうし、気持ちはわかる。わかるが、お願いだから胃痛の原因をお前まで増やしてくれるな、とココリエは思っていたりした。


 多分サイとしては言われるまでもなく、なんだろうけどだからってセツキに反抗するのは賢くない。アホ、とは言わない。バカ、とも。ただ、こどもみたいだと思えた。


 セツキと睨みあい、言い争っているのは微笑ましい、と言い難いが、それでもなんだか可愛い。幼児が一生懸命背伸びしているみたいで。セツキはサイに幼児と同等脳、と言ったが機嫌が乱高下する様は近いものがある。


 サイには悪いが小さなこどもみたいだ。


「なにか」


「ん? いや、なんでもない」


 くすり、と笑ったのを見咎められたがココリエは無難に返しておく。サイはなにも言わない。もう、ココリエへ気軽に突っ込みもなにもできない。サイの態度にそんな現実を見てしまい、ココリエは悲しくなった。もっとずっと、一緒にいたいのに……。


 悲しかった。悲しかったがココリエは気持ちを切り替える。御目通りを無事に果たさなければ帝都からでることができない。生きてでられない。死んだらでられるかも。


「……緊張、しているの?」


「それは普通、に……」


 廊下にでたココリエはネフ・リコの案内で進んでいくセツキのあとに続いていく。


 緊張が募るココリエの隣でひとが喋った。


 優しく、だが、芯にひやりとするものを持った女の声。思わず普通に返しかけたココリエは驚いて横を見た。そこにいた女は笑っていた。サイが、笑っていた。


「そなた……」


「サイは素直だから、変なこと言われたらキレちゃうかもしれないし、ね?」


「へ、変なこと?」


「立場を利用して性的嫌がらせ、とか?」


 いきなりすごいことを言うものだ、とココリエは感心すると同時にひとつだけ懸念が減ってほっとした。


 サイだったら相手が誰であろうと怒る時はかなり激しく怒りそうだからが代理をしてくれるのはありがたい。ただ、突然入れ替わるのはびっくりするのでやめてほしいが、贅沢な願いだな、なんて思っている間に巨大な両開きの扉が現れた。


 あまり離れていなかったのか、緊張のあまり時間が喰われたのか。どちらにしてももう、着いてしまった。


 ぎぃ、と音がして扉が開かれる。ネフ・リコが扉を押して開け、振り返ってにっこり笑った。見ていて、同性ながら惚れ惚れする笑みだなと思ったが、隣でサイの体を借りた彼女は欠伸。……どうも、彼女もそういったこと、異性とか恋愛とかそういうのに興味が欠片もないようだ。


 ネフ・リコはサイの態度を気にしたようになく正面から避けて通るようにと促した。


 ココリエはガチガチだったが、ちょっと振り向いてサイを見た。彼女は無表情でいる。無表情、なのだが、どことなく優しい笑みが瞳に揺れている気がした。


 「頑張って」と言われている気分になった。すると、不自然なくらい元気がでた。


 きっと、サイも同じようにしてくれた、と思うと余計に嬉しくて勇気づけられた。


 ココリエは背を伸ばして扉をくぐっていく。後ろにセツキ、サイ、ネフ・リコが続き、背で扉が閉まった。


「こちらでございます。お足下にご注意を」


 扉が閉まったあと、部屋に入ったと思ったココリエは予想を裏切られた。そこはまた長い廊下。暗い中、蠟燭の明かりがちらちらと揺れている。揺れる蠟燭の下にあるのはちょっとした水路。滴る蠟が波紋を描いて石の水路に溜まっていく。


 白いものが水路で固まっていくとなんだかよくないものに見えてくる。特にそう、棒状になっていると……。


「ねえ」


「どうした?」


「アレ、人骨かしら?」


 不必要なことでセツキに叱られない為にそっとココリエの後ろに寄ったサイが耳に話しかけてきた。驚き、なぜか嬉しい接近だが、訊かれた内容は……おえぇ。


 ココリエがサイの指差す先を見た。見てしまってそして、後悔した。そこには間違えようもない人骨が横たわっている。いや、正確には座っている。正座に縛られた骨が放置されていた。死んでからかなり経っているのか辺りに死臭はしないのはそうだが、かなりいやな置物である。


「アレは何代か前のサル、だそうですよ」


「サル? えっと、なにかの役職ですか?」


「ええ、ある日、聖上が書記を担っていた者をサル呼ばわりされはじめてから代々サルの名が継がれていったとか」


 ――書記をしていてサル……なんかやだ。


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