謁見の間へ


 ココリエがどうでもいいことをぼんやり考えていると、ネフ・リコが止まった。立ち止まった男はココリエに目配せしてきたのでココリエは従って目を伏せる。


 背後でセツキとサイの姿を借りた誰かも頭を垂れる。セツキはサイが作法に従っているのを意外そうに見ていたが突っ込まなかった。その代わりあとにまわしそうな気がする。あとで徹底的に問い詰める気配むんむん。


「失礼します、聖上。御目通りに参じられました、ココリエ殿をお連れ」


「入れ」


 突然、天井から声が降ってきてココリエは驚いたが、なんとか平静を装った。


 サイの前で情けなさを見せられないと思った。最初の頃、サイがウッペにやってきた当初はそうでもなかったのに最近、なぜかココリエはサイに対して謎のなにかを気取りたいらしい。でも、サイが知ったらバカ臭がする、とかなんとか言いそうだ。


 まあ、それを言ったら今のサイこそがそんなことを言いそうではある。面と向かってココリエにサイへ近づく価値がない弱い蟲、と言いなさったことだし。


「はい。只今、参ります」


 天井からの声にネフ・リコが返事をして暗い中に手をやり、操作。すると、ココリエたちの目の前にある闇に切れ目が入り、光の線が筋になり、帯になった。


 どうやら見えていなかっただけで扉があったらしい。完全に開き切った扉の向こうにネフ・リコが歩いていくのでココリエも供のセツキ、イミフなおまけであるサイも続いていき、扉をくぐる。サイの背後で扉が閉まったと同時に部屋、大きな、大きすぎる部屋に明かりが灯った。


 巨大な広間、といった感じの部屋に煌々と明かりが点いていく。先へ先へ、明かりが道標のように点いていき、やがて荘厳な玉座にいる男を照らしだした。


 一瞬でもそのひとが誰かはすぐわかった。


 伝聞に聞いたままというのもあり、ネフ・リコが恭しく頭をさげたので確信をえた。


「遅いぞ、ネコ」


 彼は楽しそうに弾んだ声でネコ、というひとに向かって遅い、と言った。


 ――……誰だ、ネコって?


 しかし、ココリエの心中でされた疑問に答えてくれる者はいない。代わりにサイがココリエの耳に囁いてきた。


「気をつけて。すごく、不機嫌」


「ぇ?」


「致命的だね、ココリエ。けど、今は気にしないで前を向いて。怒られるよ?」


 サイの姿を借りた彼女は相手が、帝がかなり不機嫌だから気をつけろと忠告し、前を向くようにと言ってきた。ココリエは不思議がりながら前、それでも下の方を見る。


 帝の許しがあるまで顔も声もあげてはいけない、とセツキに教わっていた。


「お前がココリエ、か?」


 ココリエがじっと俯いているとようやく、結構な間を取って声が質問してきた。


 ココリエにココリエか、と質問してきた声は先と変わらず愉快そうで、サイが言う不機嫌さなどない気がする。


「いっ!?」


 とりあえず質問されたことに答えよう、と思って口を開きかけたココリエの尻に鋭いなにかが刺さる。いや、ホントに比喩とか諸々抜いて刺さってきた。


 思わず悲鳴がでかけて飲み込み、振り向くとサイが厳しい顔をしていた。手には透明な長めの針を持っている。


 どこからだしたんだろう、アレ。いや、それよりいきなりなにを? と訊きたい。


 訊きたいのはココリエだけでない、というのはセツキの顔にでている。突然奇行に走っているサイにセツキも全力でなにしていますか、と突っ込みたいのだ。


「あなた、呆れるくらいおバカさんね。気をつけなさい、と言ったでしょう」


「あの、はい?」


「……まだ、なにひとつ許されていないわ」


 あ。それがココリエの脳裏によぎった音。


 ついでだらだらだら、と冷や汗が背を勢いよく伝って流れ落ちていった。危ない。危うく不注意で死ぬところだ。


 ココリエはサイにちょいと振り向いていた顔をギギギ、と前に向け、もう一度頭をさげ直した。すると、それと同時か少し早く、舌打ちの音が聞こえてきた。


 その音、なんだか惜しい、とばかり。心からのものではないだけ恐ろしい。悪意もなく殺されるところだった。これはサイにあとでなにか奢ってやらねばならないな、とココリエは真っ青な顔、冷や汗だらだらで決めた。


 そういえば、この間、茶葉の卸問屋で物欲しそうにしていた。たしか、モノモ産の一番茶。量り売りでいつもサイが買ってきている茶葉の数倍額だったのでサイも贅沢できないと思って諦めているようだったが、アレを好きなだけ買ってやろう、と心に決めた。……安く済むなぁ。


 これがルィルシエとかだったら着物の一着仕立てなければいけないところ。


 それを考慮すると、サイってすげえ安いお礼で満足してくれるなぁ、と思った。


「ほお? 海外の傭兵娘、と聞いていたが、なかなか鋭いではないか。ふむ。……その娘に免じて負かってやろう、ココリエ。面をあげよ、口も、利いてよいぞ」


「は、失礼を」


「よいよい。今少し気分が優れぬので、それでちょっとした余興を考えて、な?」


 ――命懸けの、余興? すごくいやだ。


 と、思うだけにしてココリエは深く頭をさげて顔をあげた。綺麗な男が見えた。


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