順々呼ばれ……


「噂には聞いていましたが」


「?」


 サイが部屋にいる者すべて無視っていると急に近いところで声がした。


 穏やかで物腰柔らか。なのに、どこかひんやりする男の声。サイがちらっと目を開けて見ると、すぐそばにとても美しい姿が立っていた。彼はサイを見ている。


 これぞまさしく絶世美、という姿。


 長い黒髪を優雅に簪で結いあげているのと美貌が手伝って女のようだが、声と体格が男だ。細身だがココリエよりは鍛えられて見える。しかし、もう現役の戦士ではないのかすっきりと締まった体をしている。


 真っ黒い瞳。笑っているが、鋭くどこか冷たい温度を湛えているそれでサイを眺めている男はふふりと笑って自己紹介してきた。楽しそうに、それでいて嬉しそうに。


「オルボウル王ジグスエント・クート、と申します。以後、お見知りおきを」


 男の、ジグスエントの自己紹介。サイはまばたきだけして無視。王の自己紹介を無視するとかありえない。


 セツキがジグスエントの後ろで襲いかかる激痛に頭を破壊されそうになっている。常識欠如甚だしいサイの態度。だが、ジグスエントはまったく気にならない様子。


「たしか、サイ、でしたね? 気高く、顔形が美しいだけでない清く澄んでいてどこまでも透明なのに、底に透けるものがない。底なしの深淵のよう。……素晴らしい」


「……」


「おや、恥ずかしがり屋さんですか?」


「……」


 無視。ひたすら無視。ジグスエントがサイになにをしたわけでもないが、サイは彼に興味がない。構ってやる必要も義理もないし、そんなことをしても無駄だから。


 はじめてそばにいてもいいかな、そんなふう思ったひとたちの隣から追い払われた。近づくな、害悪。と、言われた。だからもうどうでもいい。なんならサイは今、生きていることすら無意味に思えてしまうほどすべては色褪せている。どうしてなのか、わからない。……なんで?


 しかし、訊ける者はいない。サイに交友関係はなく、そもそもひととどう接していいかわからない。今までなど頭腐ったじじいとか醜悪な大人たちしか見ていない。


 戦国ではじめてココリエのような心清い者に出会った。醜悪さも残虐さも遠い青年は眩しい。サイが嫌う光そのものである彼の隣はとても温かくて心地よくてずっと、ずっといたいと思わせる。そして、故に拒絶する。サイの闇が彼の光を喰わないか、と心配になるからだ。


 おかしなことだった。サイは今まで他人を気遣ったことない。嫌われようとどうなろうと平気だったし、どうでもよかった。誰が死んでもその命はレンのものより重くない。だから、レンの命を生きているサイが構う、気にする必要なんてない。思えばずいぶん身勝手をしてきた。


 今までは気にもしなかったことなのにどうしていまさら気にするのかわからない。


 もしかしたら、新しく守りたい者でも見つけたのだろうか、と自分自身のことなのに、誰かにサイは問うてみる。答がえられない、返ってこないと知りつつ問う。


 どうしたらいいのか、わからないから。


「ナフィツ殿、ツナヒデ殿、どうぞ」


「若、いきましょう」


「はいはい。じゃね、ココ」


「あ、ああ」


 サイがひとり誰かに問うていると出入口が開き、ナフィツと供の老人が呼ばれてでていった。それまでずっとナフィツの相手をしていたココリエがぐったりしているのでかなりからかわれた様子。セツキがジグスエントに頭をさげてココリエのそばにいく。


 サイはそれをただ見ている。もう、迂闊に近づくことならない。無駄死に。そんな四文字が頭をよぎっていく。不用意に近づけば、ひとに寄ればサイは殺される。


 要らない、と言われたのに同じだから。だから、サイは遠くで眺めるしかない。彼ら、未来に主従となるふたりをぼんやり見つめているだけ。以上を望んではいけない。そんなもの願うべきじゃない。


 わかっていても憧れる。今までに肉親ではあったかもしれない。だが、他人で憧れるなんて過去になかった。変なことだ、と思っても悲しく感じてしまう。


 距離がわからず、一か零しかないサイだからより一層難しい自らの我儘に苦しむ。


 苦しむことすら過去に前例がない。だから、余計に苦しくて悲しくて痛い。


「お待たせいたしました。ジグスエント殿、ハクハ殿、こちらへどうぞ」


 さほど待たせなかった気がしたが、迎えに来たネフ・リコは待たせた、と口にした。変わらない微笑みである男に誘われてジグスエントが歩いていく途中、非常に色っぽい笑みを浮かべ、誘惑するようにサイへ向け、片目をまたたかせていった。


 サイはイミフながら無視。ジグスエントは残念がっていたがすぐ部屋をでていき、部屋にはウッペの者だけが残った。途端、重たい沈黙がただよう。誰のせい、とは言わないが、その誰かさんが怒りの気配を表面にだしているせいだ。


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