控え間――南の同盟


「ココ? ココじゃないか?」


「?」


 御目通りのことを考えてまた気持ちが重たくなってきたココリエがため息を吐いていると急にすげえ半端に名を呼ばれた。誰だよ、ココ。と突っ込んでやりたかったが、一早く視界いっぱいに深紅が広がった。


 誰かが抱きついてきた、というのがわかったがそれ以降動きがない。抱きつかれた状態で動きようがないココリエがなんだ、なんだ、と思っていると声が聞こえてきた。


「えぇと……」


 誰かの困惑した声。ココリエがなんとか首を捻って後ろを見ると、顔の横に鋭さが見えた。白銀に輝く刃。それはココリエに抱きついた誰かに向けられている。


 奥でセツキがぎょっとしている。


 その顔、なんというか、しまった、と言っているような気がした。なにがなにしてどうなっているのかわからないココリエはひとり困る。誰か、状況を説明してくれ。


「さがれ。以外の動きをしたら目玉を搔く」


 状況説明を求めたココリエさん心の声に応えるかの如く冷たい声が聞こえてきた。ひやっとする殺気を纏った声は触れただけで凍傷になりそうなくらい冷え切っている。


 よく、知った声だ。


 ココリエの側近を務めてくれている女の声が脅しを吐いている。心身凍る声。普段、ルィルシエの我儘を叱る時の声が窘めているだけ、とわかるくらい本気の冷気。なら、脅し文句はただの、文句ではない。


 彼女なら必ず実行する。やると言ったら確実に現実化するひとだ。怖いことに。目玉を搔く、という悪夢も相手の態度次第で絶対現実にする。……。ああ、悪寒がする。


「サ、サイ? なにがどう」


「待て。今、己に抱きついている同性愛を」


「ええ!? ちょ、僕にそんな趣味ないっ」


 サイの吐いた言葉にココリエを抱きしめていたそのひとは驚いて飛び退いた。そこでようやく姿が見えた。姿を見て、ココリエはぽかんとしたが、すぐ顔を綻ばせた。


「ナフィ、ナフィじゃないか?」


「そうだよ、僕だよっなに、このお姉さん誰さ、ココ!? いきなりめっちゃ怖っ」


 離れた相手にココリエが親しそうに話しかけたのを見てサイはようやく凶器をおろしたがしまおうとはしない。それこそ、またある程度の距離に入ろうものなら……。


「サイ、警戒しなくていい」


「では、勝手に死ね」


「こらこら、ひどいぞ」


 サイの暴言にココリエは笑顔。いつものことなのでいつも通りに笑って流す。サイはそうすると瞳に不思議そうな感情を見せ、あとにはどことなく淋しそうにする。


 サイが見せる感情の移ろいを見るのはなんとなく特別感がある。さらにはとても嬉しい気がする。誰かが知らず、誰も知らないサイを見られることがなんだか喜ばしい。


 サイはココリエに警戒せず、隙を与えて死にたければ勝手にくたばれ、などと呪詛を送ったが、以上にココリエに抱きついていたひと、ココリエと同年代に見える青年をきつく睨んだ。刃の瞳に睨まれた青年はひきつる顔を押さえて、ココリエを困惑特盛の上丸だしで見つめる。


「えと、ココ? 誰、このひと?」


「ああ、ごめん、ナフィ。彼女はサイ。新しく余の側近をしてくれているんだが、この通り、警戒の度合いが余たちの持っている基準を大幅に超えていて、な?」


「にしても、限度がさ」


「うん、ないんだ、サイに限度とか。そういう世界で生きていたから。でも、けっして悪ではない。ま、できればでいいのだが、仲良くしてくれると余は嬉しく思う」


 サイに警戒限度などない、と説明しているココリエの後ろでサイはココリエがナフィ、と呼ぶ青年を眺める。シルバーブロンドの髪。赤い瞳。少し尖った形の耳。整った顔形をしているし、ココリエとは違った感じに純粋そうでそういうのが好きな女には人気がありそうに見える。


 しかし、サイの第六感が告げる青年の第一印象は警戒厳で殺せ、である。かなりどうかと思う勘だが、サイのこれまで経験してきた対面でこの勘が外れたことはない。


 青白い肌は不健康そう。なんとなく生気がなさそうだが、それが人間らしからぬ雰囲気を、ただの人間でない、そんな感じをサイに印象として与えてくる。


「は、はじめまして?」


「……」


 無視。はい、サイさんお得意の無視です。気持ちいいくらいさらっとシカトしやがりました。これに青年は不毛をしている気分になったのかココリエを見た。


 ココリエはくすくす笑っていたが、すぐサイに青年を紹介してくれた。


「サイ、彼はナフィツ。南国の同盟ニタの王子で余の幼馴染なんだ。明るくてひと当たりもいいし、サイも仲良く」


「不要。仲良しこよしなどとくだらぬ。どうせ人間は己の利になるよう行動する生き物であり、親友と言った口が次には刃で襲ってくる。そんなクソが世界の常。よって、余計で不要な感傷を抱える必要、意味なんぞない」


「もう少し、ひとを信じてみないか?」


 辛抱強くサイに言い聞かせるココリエだが、サイは無視してそっぽを向いた。背を向けている。だが、その背に第三の目がある、そんな幻を抱くほど鋭い姿だ。


 剝きだしの刃。その姿はまさに諸刃の剣。


 セツキが危険だ、と寄るな、と言う意味がすごくよくわかってしまう姿。


 だが、同時に悲しい姿。そうして肩肘を張っていなければならないのは、そう在らねば在れない命、というのはあまりにも酷で可哀想にすぎる。あの声が聞こえる。


 ――お願い。サイを、嫌わないで……。


 嫌いにならないでほしい。裏切らないでほしい。そう、願われた。なかにいるからなのか、時折、サイが氷の細工に見えてしまう。光に焦がれ、光の下で輝けるのに、その光で炙られて溶けていく。そして最後は雫すら残らない。


 残酷だ。特に今、サイは孤立している。


 セツキが近づくな、と言ったし、サイも距離をあけている。氷の針は折れかかっているのかもしれない。が、だからと無理に距離を詰めれば鋭く尖った先で刺される。難しい限りでもなんとかしなければとの約束を守れない。……お礼、先払いだし。


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