センジュ王都侵攻


 悲鳴が徐々に広がっていく。まるで毒が広がるようにそこにいる人々は恐怖に感染していく。


 突然破壊された門。センジュの象徴とすら言わしめた門は見るも無惨に破壊され、残骸瓦礫山となっている。


 突然街道から堂々と門を破壊してセンジュ王都タバナに侵攻してきた者の纏っている色を見てセンジュの民たちは混乱に陥る。青く茂る若葉の色。東北地方で最強と言っても過言ではないウッペ国の者たちが攻めてきたことにセンジュの農民たちは恐れおののき、逃げ惑っている。


「おほっ、こりゃ楽しい。鳥だったらどう見えよう?」


「蟻が大移動で逃走」


「……。えっと、サイ? ひとを蟻と言ってしまうことにもう少し遠慮とか躊躇はないものか?」


「ない」


 ひでえ。ひでえがサイなので仕方がない。彼女が、この女戦士が酷な物言いをするのはいつものことだ。それと普段に比べてまだ温かく優しい物言いと感じてしまう。


「なにか、ココリエ」


「あ、うん。その、大丈夫だな?」


「気にするな、と言ったのは己だ」


 つい、サイのことが気にかかってしまって訊ねたココリエにサイはいつも通りに返す。しかし、声にはかすかに遠慮となにかがある。彼女がなにを遠慮しているのか、なにを持っているのかわからないが、それでも今は目の前のことに集中していて、ユイトキのことは彼方らしい。


 それだけでココリエは充分だった。サイが元気になってくれたのが嬉しい。ユイトキのことは心の奥底には横たわっているだろうが、それを気にしないよう努めている。その努力を評する気持ちでココリエは女戦士に微笑んだが、サイはまばたきひとつ返してまた前へ進みだした。


 素っ気ないがまあ、アレがサイの、彼女なりの返事。


 だからココリエは気にならない。それどころか無視されないことがココリエの中ではとてつもない誇りに思えてくる不思議さ。美しく強いサイに同列として扱われることに誇らしさを抱いているのだろうか、と思ったがなんとなく違う気もするココリエは首を傾げてサイを追った。


 ココリエの後ろでファバルがちょっと微妙な顔をしていたが青年は気づかずに進んでいく。


「なんだ、貴様らぐぎゃっ」


「うるさい」


 そして、三人はとうとうセンジュの城に到達。雅なようで質素な城。なにかがはめ込まれていた形跡があるのにそこは空洞。雅な飾り彫りはあれど貴金属がないあまり見た目に華やかではない城は農民の国に相応しい、と言うと叱られそうだが、質素でありながら変に嫌みがない。


 変わった城だ、と思って見物していたサイは城からでてきた衛士の腹にまわし蹴り。ついでにうるさいと一言添えてせっかくの静かな観賞時間を邪魔すな、と無茶振り。


 城下町の騒ぎに慌ててでてきた正義感溢れる人間にあんまりです。が、女にはただの騒音。


 衛士のなにやつ!? の叫びなどたんに騒音公害でしかないのだ。憐れだけど、可哀想でも。


 サイの中の認識なんてそれくらいのものだ。


 うるさいかそうでないか、味方か敵か。だいたいが単純な二元論でできあがっているサイはある意味単純だが、複雑な思考を有している。単純だが、単純がこんがらがって混線した時、途端にショートしてしまうのです。


 ユイトキのこともそう。好きか嫌いかの世界だった筈なのに、ユイトキが愛を謳ってサイを混乱させた。人間的に好けるが、それでも敵だから嫌わなくてはならないのに、相手がサイにサイがレンを想うような気持ちで好きだ、と愛している、と言ってきたので超イミフになった。


 しかし、混乱街道まっしぐらして抱え込みかけていたサイにココリエが手を伸ばしてくれた。


 そのことにサイは言葉にできないくらい感謝を抱いていたが、気恥ずかしさから言えないでいる。ひとに礼を言うなど滅多なかったし、今までのまわりもサイに礼など言わない者ばかりだった。だからか、礼は、感謝はサイにとってかなり恥ずかしい気分になる気持ちなのである。


「いや、そなたホント、敵さんがいっそのこと憐れになってしまうくらい瞬殺してしまうな」


「殺していない」


「うーむ、そういうのが言いたいのではないが」


「イミフ」


「ま、いいか。さて、では訪ねようか、農の王を」


 城を飛びだしてきた衛士たちを瞬殺ならぬ瞬倒したサイにファバルが感想をつけていたがサイはいつも通り意味わからん解釈で小さな抗議を行う。殺していない、と。最初、門のそばにいた者たちは城に普段から勤務がある者、と踏み、殺したが、サイは徴兵された者は殺さない。


 そこにどうした基準があるのかわからないが、サイなりに情けをかけているのかもしれない。


 センジュの特殊な戦争の形式から進んで身を削る者ばかりではない、というのと戦闘に心痛める者を気遣ったのかもしれない。そこはわからない。サイの持つ心だ。


 たまに不可解なほど甘いつらを見せるサイだが、普段は厳しいのでどれが本当か。本心はどこにあるのか、気になるが、今、それを訊いてみるのはプチ自殺行為だ。


「お、ここじゃないか?」


「だろうな。……強いのがいる」


 触らぬなんとかを念頭にサイと一緒に静かな城を奥へ進むふたり、いや、正確にはひとりが徐々に緊張していく。


 この先に待っている者を思って、実力を想像して気持ち悪くなっていく。……ココリエが胃の痛みに耐えてサイや父親と進んでいくと目の前に荘厳な装飾のされた扉が見えた。大きな両開きの扉は異国風のつくりだが、装飾の模様に桜蕾ノ島おうらいじまの伝統模様がある。


 この荘厳さと位置的にほぼ確定的にの部屋だろうにサイもファバルも緊張感零だ。


 もういっそココリエはふたりの度胸のほどが敵将や他恐怖より余計怖いと思えてきてしまう。


 恐怖で胃がしくしくのココリエだが、なんとか弱音泣き言を封じてふたりのしんがりをする。


 配置についたココリエを一瞬だけしてサイは王がすぐにられない位置へきちんとついたのを確認し、そっと扉の取っ手を掴んで押した。木と金具が軋む音と共に開いた扉の向こう。白髪の誰かが背を向けて立っていた。


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