激走
サイが単身偵察に向かい、ユイトキに接触して帰ってからの三日、ウッペは大忙しであった。
一応の戦争準備に追われていたのだ。とはいえ隣のセンジュに気づかれないようにである。
あくまで秘密裏に準備をしていった。
そして、三日後の今日瞬間高速隠密移動が可能なサイに足を伸ばしてもらってセンジュを見てきてもらい、予定通り進軍開始した、という報告を受けてウッペも別個動いた。今回の策にはなぜ? というような「おまけ」さんがついてくるらしく、戦闘参加者たちはみな胃が痛い。
そう、誰かさんたちを除いて。
「ふんふんふーん」
「……キモ」
「おい、それは知っているぞ、サイ。気持ち悪いの進化形だそうだな。私のどこが気持ち悪い?」
「すべて」
「うっ、う……っ! 刺さる、言葉がぐさっと」
サイの鋭い突っ込みに誰かさんがさも傷ついたと言いたげな演技をするが、サイも、同じ車に乗っている青年も無視した。青年もサイの言葉に同意だったからだ。
センジュがウッペに侵攻を開始したのと時を同じにウッペ城を車で出発した者たちはそれぞれに割り振られた方へと進んでいく。そのうちの一台、西の方へと進んでいく車はセンジュの王都へと進んで走っていく。中に乗っているのは精鋭中の精鋭である戦士と補佐役とアホ一名。
「ココリエ、父が貶されているのだ、助けろ」
「いえ、父上。私にはあなたがどうしてついてくるのかさっぱりわからず、さらにはどうしてそう気楽なのかも」
「なにを言うか。堅くなったって仕方あるまい。戦は花を咲かせる場と思ってもっと楽しめー」
「特大イミフ。変態王」
車内で暴言が暴れ狂う。
特に精鋭として車に乗っている女戦士の吐く言葉にアホは、ウッペ王は傷つく。息子の前で威厳を見せられるならまだしも暴言で貶されるって、嬉しくない。
だが、それもこれも事前の軍議で吐かれまくった言葉である。サイは再三言った。ファバル、アホか? と。そう、なぜかセンジュゆきの車に戦士であるサイとココリエはまだしも前線を
謎は謎だったがついてきてしまったものはもうどうしようもない。なので、サイとココリエは呆れ返った様子を隠そうともせず車内でさらに先の予定を詰めていく。
そばでファバルがむくれようと無視だった。
「……そろそろか。ここで停めてくれ」
しばらくサイとココリエは話しあいをしていたが、やがて話を詰め終わると話すことがなくなってきた。だが、代わりにいい頃合いになったのでココリエは御者に一言。
ココリエの言葉を受けた御者が車を停める。そして、車の御者台からおりてどこかに走っていった。その物音を聞き、ココリエは車内から御者台にでた。清々しい春の風が頬や体を撫でていく。風を心地よく感じられるのは今だけだ、と思ってココリエは堪能しておく。そして。
「鏑矢の音だ。はじまった」
「よし。では、我々も我々の戦場へと参ろう」
サイの異常にいい耳が聞き咎めた音。鏑矢の音を合図にココリエは車を再度走らせる。車に繫がれたイークスたちの手綱を操って彼らにだせる最高速度で車は爆走開始。
車は誰にも咎められずぐんぐん速度をあげていき、暴走さながらの速度となり、とある集落に突入していく。当然だが、集落の者たちは面食らう。そして、すぐイークスが暴走し、制御が利かなくなったと判断した男が飛びつこうとしたが、車は速度をさらにあげて走っていく。
車を追いかける男衆が見る先で車はイハクの水に飛び込んでいき、水の抵抗など気にせず、じゃぶじゃぶ進んでいく。やがてセンジュとの国境でもある川を渡り切った。
「おーい、停めてやってくれー!」
集落の者がなんとか暴走車より乗っている者を救おうと叫ぶ。イハクの水をはさんで反対にあるセンジュの集落入口にいた者が隣で別国集落カゼツツの者たちの叫びに反応した。慌てて鳥たちを止めようと飛びつく準備をしてふと、気づく。御者台にいる者は手綱を握っていない。
そればかりか、御者台の上で立って両手に弓矢を構えているではないか。これはなにか変だぞ、と思った時にはもう集落の入口を見張っていた者に思考はできなかった。
見張りをしていた男たちの額に刺さる矢が一本ずつ。
頭蓋骨を貫通し、脳幹を正確に射抜いた矢は男たちを確実に仕留めて崩れさせた。センジュの見張りたちが突然殺されたことにカゼツツの者は驚いて声もでない。
さらに恐れからイハクの水を渡りかけて立ち止まってしまう。すると、車の後部に垂らされていた御簾が跳ね開けられてひとが飛びおりてきた。そのひとは一足でイハクの水センジュ対岸に着地。黄金の艶が煌めき黒髪が輝く。あげられた顔は神々がつくった彫像のように美しい。
「サ、サイ……?」
「……嘘については詫びよう」
飛びおりた者、サイが対岸で詫びの言を寄越す。だが、突然詫びられてもわけがわからない。
特に、最初車に飛びつこうとした男は、イズキはサイに命を救われた。戦国の化け物から助けられた。その恩人がなぜここにいるのか、そしてなにより謎なのは彼女が着ているもの。かなり上質な戦装束だというのと、衣がウッペの色をしていることが「わからない大賞」だった。
「まさ、か、アンタ……」
「……今、多くを語る時はない。眠れ」
多くを語っている時間はない、と言ってサイは腰に差していた一振りの刀を抜いてイハクの水に突き立てた。サイの刀を握った拳に黒が宿って先、一瞬でことは済んだ。
「かッ……!?」
サイの握っている刀に走っていく青白さ。それがなになのか、喰らっても集落の衆は理解できなかった。走っていった青白さは激痛を伴って集落の男衆を襲った。
電圧を加減した法力による雷がイハクの水に通電し、水に入っていた男たちを襲ったのだ。
通電は一瞬だったが、水は電気を通されて感電した男たちが倒れたことで激しく波を立てた。
カゼツツの後続者がサイの行ったあまりに一方的な攻撃を恐れた隙にサイは消える。オトドリの入口を抜けて反対にある門を守っていた見張りたちを仕留めたココリエたちの乗る車にサイがあっという間もなく追いつく。そして、門をどう開けよう、していたココリエの悩み解決。
サイのお行儀悪い足が門を蹴り、開けるどころか破壊して門の残骸を彼方まで飛ばした。ココリエは乾いた笑いで見ていたがサイは彼を促して自分はさっさと車の横について発車を待った。サイの無言の促しにココリエはあははと笑って車を再び走らせた。それにサイが並走する。
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