ふたりでお話


「すまぬ、ヨスキ。某は少し、この娘と堅い話がしたいので、母のことを頼まれてくれないか?」


「ユイちゃん……、なんで言い返して」


「頼んだぞ」


 言うだけ言ってユイトキは歩きだしてしまう。歩きだすと同時にサイへ向けてひとつ手を振ったのでついてこい、という意味なのだろうが、堅い話などサイは城の鷹だけで充分だと思っているので拒否りたかった。が、とても逃げられそうにない。仕方なく、渋々いやいやついていく。


 しばらくも進まなかった気もするし、かなり集落の奥にまで連れられてきた気もする。オトドリはあまり規模の大きな集落ではないのだろう。国の端にある集落の形状など似たり寄ったり、といったところ。キツルキもカゼツツもそんなに大差ない。若い働き手も都などに集まる。


 田舎に残っているのは年老いた者か都の空気などが肌にあわなかったか、もしくは家の都合。


 ユイトキはカグラの勅命を受けるくらいなのでかなり上の官位を任されている。そんな男とふたりで村はずれに来ている。……仕留めてしまうならばこれ以上ない好機。


 自分からのこのことふたりきりになってくれたのだ。サイの手による他殺でもこれは自殺に等しい愚かさだ。サイは自身の物騒な思考回路に瞳を揺らす。いつどこであっても悪魔である己に嫌気がさしている、わけでもないがしかし、とても自己を肯定する感じではない不思議さ。


「なあ、サイ」


「む?」


「お前はどう見ても某より歳は下に見えるが、訊いてみると、サイは戦士となって長いのか?」


 なんだ、突然。それがサイの感想。堅い話をするからと言って案内された村はずれでいきなりサイの歴を訊いてくるとか言動が予想外すぎる、というか読めない。


 ユイトキがなにを思ってこんなことを訊いてくるのか知れないが、サイは深読みに向かない。


 サイに背を向けているユイトキを訝しく思いながらも正直に返答した。声はなんの感情も含んでいない。


「そこまでではない。六年くらいだ」


「……そうか。戦の経験は?」


「ふむ。比べっこなどしていないから多少のほどはわからぬが幾千、幾万と死線を踏んできた」


「……なるほど。某など比べるのは失礼なくらい戦士そのもの、という経歴だ、サイ。愚問だろうが、教えてくれ。サイは戦に参じて、辛い、と思ったことはあったか?」


 本当にめっさ愚問だ。サイの中の正直者が思わずバカ正直に漏らしかけたが、サイは寸でのところで押し込めた。


「一般的な者は精神的に病むだろうが病むいとまなど私にはなかった。戦に次ぐ戦。終わりない殺しあいだけが私をつくっている。ある意味、歪んでいるのかもしれぬ」


 正直は愚の骨頂。だが、サイは思ったままを口にすることにした。ユイトキがどこに話を落ち着かせたいのかわからないうちは答など正直に返す方がいいと思った為だ。


 ある意味で歪んでいる。初対面の時、ココリエには澄んでいると言われたが、サイはその感覚がわからない。清かったことなどない。善き者であったこともない。悪魔、と呼ばれてただただ孤独であった。そして、殺すことで日々に糧をえていたし、なにともない充実感もあった。


 誰かの命を奪っている時だけ、サイは正気で在れた。しっかりと思考し、行動しなければ死が足下に転がっている闇の中で生きていくことを決意してサイは自己統一性アイデンティティを築きあげた。闇へ飛び込むきっかけはレンの死から三日後に寄った下町に転がっていた。


「命のやり取りが本格的になったのは九つの初春頃か」


「……。ちょ、待て、お前いくつだ?」


 計算の為しばらく沈黙があってからユイトキが放った問いにサイはやはり淡々と答えていく。


 普通の女性ならば歳など訊くな、と怒りそうだがサイはまだ若いのでそういうので怒らない。


「十五になった」


「そ、んな幼い頃からどうして」


「うむ。首に金が懸かっていてな。どうしても殺し殺される世界に生きざるをえなかったのだ」


「首に、金……?」


「殺せば褒賞が支払われる。戦の賞与と同じだ。ただ、当時、名もなく、戦果もなかった私の九つという歳で七億の大金はありえなかったが、な。……アレの呪いだろう」


 アレの呪い。サイを殺しに来た一番の敵。結果的にレンを死なせ、サイから奪った張本人。


 父の、呪い。殺害に失敗した時の保険をかけていた、とサイは考えた。他に考えられないというのもあり、当時、父への恨みはなによりも強かったので疑うこともなくサイは殺した父に恨みと憎しみを募らせた。死んだクセにサイを呪い続けるなどと地獄で今一度死ね、と念じた。


「海外通貨のことはよくわからないが、それは高い、のか? すまぬがシンで話してくれると」


「それで話しているつもりだが?」


「……。冗談、だよな? そんな、こどもにそんな、億シンなどと某には想像もつかぬぞ?」


「冗談は好かぬ。その金に目が眩んだ阿呆共が日中夜問わず襲撃を仕掛けてきて非常に鬱陶しかったのと、正直に言うと怖かった。死、以上に「どうして」と思った」


 世界にいる、散っていて害をばらまいている悪は多くいる筈なのに、どうしてサイにばかり標的を絞るのか。しかし、そんな疑問もすぐにどうでもよくなった。


 向かってくる者を殺すだけ。それだけに集中していればなんとか平常心を保てた。襲撃と暗殺に怯えてすごした二年は本当に辛かった。そのうち、返り討ちのかばねを多く築くうちに挑戦する阿呆は減った。そしてますます賞金額はうなぎのぼり状態になっていった……筈。


 そして、最初の、人生で最初の殺人から六年で最強の座に就かされた。就きたくはなかった。


 闇世界の最強になる。有史以降最強の殺人者という称号と共に。これすなわち、クズの烙印。


 そんなものを負いたくはなかった。サイはあくまで悪魔でよかった。それ以上の汚名など要らない。欲しくない。そうでなくても自己嫌悪で潰れてしまいそうなのに。


 最愛の妹を死なせた。その罪だけで充分だったのに。彼女がくれた命を生きることだけが希望で、他にはなにも考えられなかった。以外をサイは望まなかった。


 富も、名声も、なにも要らなかった。ただ、ここにもう少し在れればそれだけでよかった。


 レンがくれた命を一瞬でも長らえていられればいい。命ひとつ、あればそれだけで充分以上。


「どうして、某にそんなことを話してくれる?」


「赤の他人だからだ。知りあいだったら恥で爆死する」


 他人だから、これ以上に関わる予定がないから、故にサイはユイトキへ自分の抱えている澱を吐いた。親しい者には到底吐く気になれない澱みを向けるのは所詮他人で、流そうと思えばそこらに流れている水にでも流してくれるから。そして、誰の心にも留まらず、流れて消える。


 消えてしまえばいい、と思った。願った。澱みも含めてサイは自分自身をも流して消したい。


 レンがくれた命に報いる為と銘打っていつまでも世に蔓延っていることへの嫌気。自己嫌悪であり自己憎悪。大切を守れなかったことへ対する憎しみは日々強くなる。


 こどもだったからとか幼かったからとかは関係ない。


 なにもかもすべて捨てる覚悟さえあればレンのように在れた。大事で大好きで愛する者の為に散っていけた。そして苦しみしかない命に別れを告げられた。そう在るべきだったとサイは悔いていた。レンではなくサイが死ねばよかった、とずっとずっと、そしてずっと思い悩んだ。


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