襲撃跡に偵察


「……アレか」


 ウッペ南西部。端の集落キツルキを見渡せる丘の上に在る孤影がひとつ何事か確認に呟いた。


 影は囁くような声で自己確認し、丘をおりていく。黒い洋服を着込んだ影はゆっくりと集落に近づいていく。村に足音やひとの気配がないのは丘の上で確認済みである。


 影は、サイはそれでも用心の為に足音を完璧に消して丘をくだり、集落の入口に建てられている簡素なつくりの門をくぐった。門は歓迎、というよりは警戒の意をこめてつくられたのが一目でわかる。威嚇に使われたと思しき杭が地面に突き刺さっている。その数、ざっと見六十。


 多分、結構そばに別国があることから敵の進軍に備えていたのだ。備えのお陰でキツルキの女こどもは助かったのだろう。キツルキに来る前に寄った集落テンエンで避難している者たちは三十一人ほど。突然襲われたわりに生き残った方か、と思ってサイは集落をほぼ素通りした。


 都フォロを出発して徒歩、得意の「気」を使った歩法たる瞬動術で移動し、およそ三十分で襲撃されて滅びた集落に到着。テンエンに寄った理由はひとつ。生存者の正確数を把握する為。他に用事はなかったし、早く帰らなければ要らない心配でウッペ王女が泣いてごねてウザい。


「……ぼろっちい」


 ひでえ。滅びた集落にもサイは遠慮なしだった。遠慮なくぼろいと言ったサイはテンエンよりもフォロに寄った集落クスで借りた地図を取りだして眺めながら壊れた集落を歩く。キツルキの隣、西の方角には元メトレット領カゼツツ集落があり、川をはさんで先はもうセンジュだ。


 おかしなことをあげるとすればなぜカゼツツを無視してキツルキに来たかというのと、もうひとつはどうしてカゼツツの民は避難しなかったのか、だ。カゼツツにもそれなりに足はあった筈である。カゼツツは奥地の集落でものを卸すのに車とイークスは必須だ、と誰かが言った。


 誰が言っていたかはもう忘れて彼方だが、とりあえず言っていたことはたしかである。カゼツツの者がセンジュの侵攻に気づかないわけがない。なのに、カゼツツからは誰も逃げなかった。カゼツツが車をだしてイークスを駆ればまだもっと多くの命が助かったかもしれないのに。


「ふむ。これはあまりよろしくないな」


 地図を見ながら集落を歩いていたサイは立ち止まって独り言を零した。そう、あまりよろしくないことを想像しているサイは地図をしまって集落を眺めてみる。


 燃えて炭になった家屋たちが残骸を見せている。家屋の他にもイークスたちを飼っていたと思しき小屋、納屋のようなものが数本の矢に貫かれ、鉄鎚かなにかで壊されて崩れている。材木の下には血を吸った土が不気味な黒色で存在。が、そこになにかのかばねはなかった。


 サイは無表情のまま不思議な光景に違和感を抱きつつ、集落を奥の方へ進んでいく。奥の方は土色が血の滲み込んだ黒一色状態でかなり不気味だが、以上に死体がひとつもないのが気味悪い。これではまるで誰かがここへきて死体を片づけたかのよう。それも、複数人で行われた。


「イミフ」


 サイはお得意の単語を吐きながら集落を歩いてまわり、最終的に集落の反対出口へ到着した。


「この先は、カゼツツか」


 地図を思いだしながら呟いたサイは少しほど悩む。いっとこうかいかまいか。ひとりで敵の国に近づくのはバカ丸だしの自殺行為だが、一歩踏み込んだ先に、危険リスクの先に相応の見返リターンが存在しているのは一般常識。少なくともサイの常識では当然の方程式だ。


 センジュのに近づくにはまだ少し足りないだろうが、この広い世界にある程度は死の危険など当然という顔で転がっている。どんな戦場であっても、平穏の国であろうともそれは変わりない。ひとなどと、少し風向きが変わっただけでも死にかねない。おかしなことに。


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