新しい日課


「おはよう、サイ」


「うむ」


 サイが中庭で悲しい告白をした日以降、ココリエには日課ができた。毎朝サイの起床にあわせて女の部屋へいき、彼女と一緒に食事をする、という大事な日課が。


 サイは最初、要らんボケ。失せてついでに禿げろとかなんとかとにかく意味わからんほど相当量の暴言を吐いた。だが、ココリエが変に粘るので今では受け入れている。


「今日の予定なのだが、久しぶりに城下を視察しようと思うので護衛についてきてくれるか?」


「構わぬ」


「では、もりもり食べてビシバシ働こう。じゃないとセツキが怒るしな。それとサイ、あの報告書はないぞ。誤字がひどすぎる、などとなぜか余にセツキの説教が来た」


「ふむ。なにとどこら辺が誤字なのかすら私にはわからぬが、今後に活かす秘策でもあるのか?」


「えぇと、とりあえず提出前に余が確認するから見せてくれると助かる。仕上げたものからでいいので見せてくれ」


「承知した」


 食事をしながら会話するふたりはとても自然でとても和やかなふうに見える。数日前の一件がなかったかのように話をしている。が、サイは時々気まずそうにココリエを見ていることがある。恥ずかしい気持ちがあるようだというのに気づいているので、ココリエは突っ込まない。


 むしろ、サイのしおらしい態度が可愛かった。


 数日前に頼んで時々見てもらっている拳術の鍛練はあまり成果がないのでアレだが、サイはココリエの程度にあわせて予定を組んでくれるのでそんなに翌日へ響かないのが不思議なところ。鍛練を本格的にはじめた頃、セツキにしごかれて翌日はくたばっていたのが思いだされた。


 サイのしごきはセツキの比ではないくらいすさまじいのだが、翌日に疲れが残らない絶妙の加減がされている。


 そのことをサイに訊いてみたところ、サイは義勇軍とかいうものの戦士ソルジャー育成に携わったことがある、というかなり異色の経歴をぶっちゃけてきた。


 正規軍ではないらしいが同じような働きをする徴兵令のようなもので集められた兵士たち、軍人たちだそうだ。軍役している者が少ない国は特にこうした者が多くいる。


 どうしても自主志願の軍人は少ない、とのこと。


 やっすい給料と見舞金で死地に赴く。よほどの変態か母国愛がなければ軍人は務まらない。


 そんなことをサイが言っていた。サイは表向き義勇軍として、裏向きにはただの暗殺者として戦争にもぐり込んできた、みたいな経験談を話して教えてくれた。


「サイは好き嫌いしないのか?」


「腐ってなければ食える」


「あの、腐ったものが普通の食膳に並ぶとでも?」


 ココリエがした何気ない話にそれとなく乗ってくれるサイは好き嫌いなく食べている。食べている、のだがどういうわけか食事はなぜか少しずつ残している。


 意味があるのだろうか? とだけ思って突っ込まないココリエはサイの変な癖だ、と考える。


「食べられるものを選り好みしていては飢え死ぬ」


「ははは、なるほど。ルィルに聞かせねばな」


「なぜか」


「あのコはちょっと好き嫌いがあってな。大きくなれない、と言っても苦手克服ならず、でな」


「それは己かファバルが甘やかしているからだ」


「うぅーん、正しいだけに耳が痛い」


 ふたり、というかココリエはサイの言葉を談笑にしながら食事を進める。サイは淡々と突っ込んだり、正論を述べて食事をしている。あまり彼女は楽しんでいなさそうに見えるが、瞳に楽の感情が躍っている。サイはサイで食事中にされるこのとりとめない話を愉快に思っている。


 ずっと溜めてきた負の感情。悲しみや苦しみを打ち明けてサイは少しだけ救われていた。救われてそして少し、ほんのちょっとだけ、半歩ばかり闇から遠退いた。


 ずっと背であり腹であり隣に在った闇。永遠の漆黒。それをサイは歓迎していた。無表情で凍てついたままに黒を歓迎し、それが自身だと肯定してきた。


 そこから退くことは過去の否定。自分自身の否定にまで繫がる大事だが、サイは後悔していない。そう在ってもいい、と思っている。そう、在れる方法を欲した。


 闇に在っても闇に呑まれず、根幹は光で在れますようにと願うようになった。そんなふうに願わせてくれたひとをサイは見つめる。いつものように左は眼帯の闇に閉ざされているが右目でそのひとの姿はよく見える。サイの前に座って食事をつつく青年はサイに笑いかけてくれる。


 それだけでサイは満たされた心地になれた。


 はじめてサイという悪魔をひとと認めてくれたひとを見る女戦士の瞳には柔らかさがある。今までにあった刺々しさが抜けてサイはココリエのお陰で穏やかに在れた。


「そういえばその後ルィルシエを見ないが」


「ああ、うん。勝手に城を抜けだした罰にセツキがお勉強をどっさり用意したのでな。部屋に半分閉じ込められている。いつもだったらなんとか取り成してやるところだが今回は本当にサイがいなかったら危うかったので可哀想だが戒めということで閉じ込めは余からの罰でもある」


「ふむ。飴と鞭?」


「ちょっと違う気がするがまあ、それでわかるならば野暮は言うまい。でかける前に少しだけ机仕事を片すので待っていてくれるか? それとも……」


「手が欲しいならばそう言え」


「あはは、じゃあ、頼もうか」


 食事を終え、ふたりはサイの部屋をでて執務室で少しだけ仕事をしてから町に繰りだした。


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