水の通電現象について


「これはそなたが?」


「いや、ほとんどが共食いだ」


「……そうか。上官に殺されるなどとさぞや無念であろうに。しかも無理な徴兵で集められた者たちばかり。これは浮かばれ報われの話ではなく心残り、成仏もなるまい」


「ふむ。妙に足並みが揃っていないと思ったらそういう事情か。まあ、武器を取った時点で同情はすまい。奮い立たばそれはすべからく戦士。なれば礼儀として葬るまで」


 サイの冷徹な言葉。出会ってからでもまだ数刻しか経っていないがそのひととなりはだいぶわかってきた。本当に冷たくて正しくてまっすぐなひとだ。清らかすぎる。


 だが、それにしては殺しの腕前が恐ろしいほどに鮮やかにすぎる。事前に打ちあわせを行っていたとはいえ、ココリエが到着するのと時を同じにしてテスルハの動きを止めるとは。普通の人間にはまずできない技。いや、どちらかというと業、である。神の御業に近しいと思えた。


「ところでなにをしたのだ?」


「む?」


「いや、む、ではなく……どうやってテスルハを止めたのだ、サイ? あやつはアレでかなり」


「少し感電の激痛浴びせただけだ。驚きの技法と違う」


 とても簡単に激痛浴びせたとか恐ろしいことを言うサイにココリエは表情がほんの少々ひきつってしまうが、サイには無視された。青年を無視したサイはしかし、それにしては丁寧に説明の口を開き、当たり前に知っているべき知識、知恵、戦士の最低常識とやらを教えてくれた。


「水の弱点につけ込んだだけだ」


「弱点?」


 サイの言葉を聞くココリエはとても真剣にしているが意識の半分ほどは警戒に使っている。辺りを青年は警戒し、他の者にも気を張らせている。気を配らせているがサイのくれる情報は今後にも役立つかもしれないので、参考にする気満々だった。特に弱点とかいうのには、弱い。


 サイはサイで警戒し、ココリエの問いに答えておく。


 まあ、サイからすれば水の欠点を知らないなど、非常識なやつだな、なんて思ってしまうが。


「水は、特に不純物が混ざった水はよく通電する」


「つーでん?」


「私もそんなに科学の素養があるわけではないので小難しいことは取っ払うが、水属性は雷属性に対することができない。正確には戦国の技術では対抗できない、と言っておく。雷は水を通過する時、威力を増す、と思えばいいのだろう。雨の戦で雷属性とやりあうのは自殺行為だ」


「……雷はただでさえ高い火力を持っている。なのに、水を介するとさらに強くなる、のか?」


 ココリエの疑問にサイはひとつ頷く。だが、それには大きな抜けがある。水と雷は双方共に相性が悪いのだ。


 水をえて雷は強くなり、水によって雷は無力になる。


 現時点では雷の強力化のみ実現可能。無力化はかなり科学の素養に精通する者でなければ本当に理解することはできない。なんとなくで使うものほど怖いものはない。


 なんとなく程度の理解ぽっちで武装を許可するなどとありえない。ちょっとおつむのいい猿に核爆弾と起爆装置を渡すようなものだ。……無自覚の虐殺が目に浮かぶ。


「超純水というものを知っているか? 先の時代では生活に欠かせない、とある物質なのだが」


「いや、粋の方ならばわかるが」


「違う。えー、水はぶっちゃけ汚い」


「いきなりすごいこと言うな、そなた」


 サイの突然カミングアウトにココリエが突っ込んだがサイは無視した。無視して続けていく。


「不純物が混ざっているからこそ味などがあるのだが、今は放置しろ。超純水というのは不純物を極限まで取り除いた物質を指している。雷が通電する条件は水、という物質の中に不純物が混ざっていること。真水よりも塩水がよく通電するのは後者により多くの不純物がある為だ」


「ふむ……?」


「逆に不純物を究極まで除いた水ほど通電しないものはない。通電する要素がない、とも言う」


「では、水は本来であればまったくつーでんしないのだな? では、その超なんとかがあれば雷を防げるのか?」


「理論上は充分に可能。巨大な超純水の壁を用意できれば雷属性は錆び包丁並みに役立たない」


「……。サイ、見誤っていた。実は頭がいいのだな」


「おい」


 それはどういう意味だ、とサイが続けることはできなかった。深夜の街道を照らす巨大な赤。


 サイはココリエを抱えて上空に逃げる。と、待ち伏せじみた間で次が来たのでサイは虚空を蹴って移動し、最初にルィルシエを隠した岩のそばに着地。青年を放した。


 ココリエはなぜか赤い顔をしていたが、サイは彼の口が礼を言うのを止めて視線を誘導した。


 そこはちょっとした地獄となっていた。


 サイは近かった、というのと身分上の問題でココリエを優先して逃がすのに動いた。だが、その行動に付随した結果は非常に残念なものとなった。隣でココリエも唇を噛んでいる。ふたりの視線の先に広がる赤い地獄。


 地獄の中でココリエが連れてきた兵たちが踊る。そこにあるのは紅蓮の炎。灼熱の業火。凶悪凶暴な赤色だった。炎に焼かれて兵士たちが踊っていたが、やがてひとり、またひとりと動かなくなって崩れ落ちていった。


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