方針さだめた悪魔の突撃
方針を決めてサイは急速停止。地面に摩擦による焦げをつくって急角度も急角度、ほぼ直角で曲がってテスルハに向かう。右手は腰にさげている小刀を抜く。銀色の刃。うつるのは同じ色の瞳を持つ無表情女。冷たい美貌の女戦士は得物を確認して足に力を入れ、一気に加速する。
直進してくるサイを見てテスルハは嘲笑。
「蛮勇という言葉をご存知か?」
「くだらぬ。愚かしい無知を知るがいい」
「言ったな、小僧。なますに刻んでくれる!」
言うが早いか、テスルハの手がかすんでウォータージェットつきの尖剣が縦横無尽に振られる。が、水流刃で延長されている凶器はサイに掠りもしないどころか味方であるメトレット兵を刻んでいく。街道に悲鳴がこだまして人間が物言わぬ肉の塊になっていく。血の海が広がる。
テスルハは信じ難いものを見たように呆然とする。サイの姿は見える。ただし、時々たまに。
サイは直線でテスルハとの間合いを詰めている筈なのにどうして姿がないのか、意味がわからない。徐々に近づいてくるサイの瞳にうつる嘲弄の色。愚かを嘲る悪魔は死にゆく者へ手向けに教えてくれた。絡繰りを。聞いても理解するには到底及ばないと知り、理解し切って……。
「体術家にとっては基本の知識である瞬動術を知らぬとはお笑いである。戦士として残念賞だ」
「し、しゅんどう……?」
「練りあげた気により足下に力場を形成。それを蹴立てることによって瞬間的な超移動を叶える歩法のことである。基本中の基本だ。つるつる鼠脳に刻んで死ね、無能」
「くっ、し、死ぬのはお前だ!」
「いいや、己が死ね」
暴言吐きまくりのサイは手にしている小刀に夜の緊急軍議でココリエとケンゴクに教えてもらったものを実践。
銀色の刃に走る青白さ。それがなにかテスルハが掴めないことすら理解してサイは接近終了。
無表情で女はテスルハの刃の先、水に刃を這わせた。
瞬間、テスルハの体が硬直する。すさまじい激痛に身を震わせる男は口から涎を零して痙攣。
テスルハの意思と別に尖剣が跳ねあがったのをサイは飛び退いて躱し、頭だけさげた。同時にサイの頭上を鋭く鳴きながら飛んでいくものが一本。笛の音に似た音を立てて飛ぶそれはテスルハの額に当たる。当たった時点でテスルハの生存は終了。ついでに死亡通告も終わった。
テスルハの額に突き立っていたのは竹の棒。細い竹の棒に取りつけられている小さな三角形の牙がテスルハの額を貫通し、頭蓋骨の中にある脳味噌を破壊していた。
矢が男を殺していた。サイはやはり無表情で顔をあげてテスルハの最期を見ていたが、背後からの足音に振り向いた。そこにいたのは兵数人を連れた青年だった。
ウッペ国の王子ココリエが弓兵たち、自分が主に指揮している者たちを連れて現れたのだ。
ココリエは街道の無惨な死体を見て無言のまま合掌。
「避難は終わったか」
「ああ、そなたが十二分に稼いでくれたお陰でルィルもこっちに無事到着した。父上と一緒だ」
「うむ。無茶をさせたが、お陰で手間が省けた」
「まったくだ。父上など卒倒寸前で」
「勝手に倒れろ。ひとに面倒すべて丸投げして押しつけようなどというクソ甘え断じて許さん」
おかしい。仮にも雇用主である筈なのに、それを、サイはファバル王をどう見ているのやら。
圧倒的な事実。目上の者扱いがない。敬っていない。その気が皆無であるのは確実。……いやな、というか変な確信である。ココリエはだが、サイにそこら辺のこと、目上の者や年長者、もっと言うと偉いひとを敬うようにと説くつもりはない。んなもん無駄な試みだと知っている。
サイの中には強者と弱者と半端者、という三種類の分類しかない。そこにやれこれこれこうだからこのひとは偉いのだ、と言っても「なに言っているバカ」と罵られるのはわかり切っている。心への打撃など要らない。
そんな奇妙な変態趣味、ココリエにはない。
ココリエはサイへ言い聞かせる不毛をせず周辺を見渡して散らばっている死体の数々を見た。
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