奇襲者を倒して


 カザオニが倒れたと同時に陽が暮れ切った。部屋は夕の赤から夜の頭、薄い青に包まれる。


 薄くとも闇の中でサイは不用意に動く、という愚を犯さない。カザオニを見ながら懐を探る。


 携帯用の点火器で火をつけ、周囲を照らす。離れたところにココリエと、騒ぎで起きたルィルシエが見えた。まああの騒ぎの中でも寝ていられるとしたらよほど無神経か肝が太いかどちらかだろうから、ルィルシエが起きるのは想定内。少女は不安そうに兄の着物を掴んでいる。


 昼間の騒動もあるので神経がささくれて過敏になっていても不思議はまったくない。だが、ルィルシエは暗闇の中にサイを見つけた途端、安心したように息をついた。


 ――……イミフ。


 なぜ、闇の中でサイを見て安心するのかわからない。


 普通、びびらないか? とサイが思っていると、ルィルシエとココリエが動こうとした。サイは静かに制止する。


 ふたりを止めたサイはゆっくりと部屋にあらかじめ置かれていた蠟燭に持ったままの点火器で火をつける。


 明るくなった室内は結構な惨状だったが、相手は戦国の一騎当千たる悪鬼カザオニ。これくらいの被害で済んだのはまだいい方、ましな方だ。部屋が明るくなったのでココリエがルィルシエを庇いながら立ちあがってサイに近寄る。サイは瞑目してなにかをじっと落ち着けている。


「サイ?」


「む、ぅ……、なかなか保つのも難しいな」


「あのな、普通できんぞ? サイ、実は《戦武装デュカルナ》のこと知っていた、だろう?」


「知るか」


「いや、あの……怒らんから正直に言ってくれ」


「知、る、か、ボケ茄子」


 暴言がおまけされてココリエに叩きつけられる。サイは心の底から不快そうで不思議そうにココリエを見ている。その目はなんというか、頭の悪いバカを見る目。


 ひどい。例え本当におボケ様、おバカ様だと思っていたとしてもあんまりである。ココリエは一応サイのことを心配している、心配していたのに扱いが犬畜生並みだ。


「こ、この方は」


「ん。あまり近づくな」


「あの、亡くなられて……?」


「いや、一応加減した。気絶しているだけだ」


 だから近づくんじゃない、とサイはルィルシエを自分のそばに寄せかけてふと、ため息ひとつ吐き、ココリエに押しつけた。サイにルィルシエを押しつけられたココリエは首を傾げるが、すぐサイの行動が持っている意味を理解した。廊下がだんだんと騒がしくなり、戸が開かれた。


「何事ですか!?」


「うむ。兵士たちに戦支度をさせるがいい、セツキ」


「いきなりなんですか」


 部屋に駆け込んできたのはセツキだった。事前にココリエが親切で教えてくれた城の部屋見取り図によるとサイの部屋とご近所さんはセツキとルィルシエ。ルィルシエはサイがいざの時に護衛しやすいように。セツキが近いのはまだ、申し訳程度にサイを疑って警戒しているが為。


 そんな部屋割りなので騒ぎに近かったセツキが驚いて飛んできた、というわけだ。……多分。


 サイとしてはあまり大暴れしたつもりはなかったのだが、さすがに部屋が惨状になってしまう程度にはうるさかった模様。まあ、カザオニを畳に叩きつけたりしたし、当然っちゃ当然のにぎやかさだったな、といまさらながら反省した。騒音など闇に生きる者にあるまじき失態だ。


 ココリエはサイの思考が瞳に駄々漏れているのを見て顔がものすごく自然とひきつってしまう。アレで暴れた自覚がないとか、天然ボケってホント怖い。オソロシヤー。


 セツキは部屋に踏み込んで畳の上で気絶しているカザオニを見つけ、事態をしっかりと把握。


 サイを一瞥してココリエたちに怪我がないかどうか気にしている男はしばらくしてサイに目をあわせた。美貌に相応しい鷹の瞳にはすさまじい警戒と厳しさがある。


「つまり、夜襲がある、と?」


「でなくば、このでこやつが来たのがイミフ」


 まあ、セツキがお望みとあらば今すぐにでもカザオニを叩き起こして尋問にかけるが、なんて物騒な思考がサイの瞳に躍る。セツキはサイの見た目に似合わない凶暴にため息。まったく美しい姿をしているのにどうしてこう残念な気分になるのやら、とセツキはもうひとつため息。


「すぐ出陣よう、セツキ」


「ココリエ様、こんな不審物の言うことを」


「おい、せめて「人」をつけろ」


「……不審人物の言うことを呑まれるおつもりか」


 ココリエの一声にセツキがすかさず突っ込むが、使った言葉にサイが文句、当たり前の不満を吐く。不審物って、どういうアレな扱いなのだ。……時限爆弾か?


 サイが意味わからんことを考えていると、騒ぎに駆けつけた他の者たちがサイの部屋の惨状に口をあんぐりさせて呆ける。一番最後に来たのはケンゴクとファバル。


 ファバルは顔に寝跡がついていたので早めに就寝していたのだろうがサイは悪いと思わない。


 ウッペ王はサイの部屋に息子はまだしも娘がいることに驚いた様子。だが、それ以上に部屋のめちゃくちゃな散らかり具合とサイが武器にも使った布で縛ったまま転がしているカザオニを見つけて神妙な顔になる。


「こりゃあ、仕掛けてくるかもしれんな」


「聖上、あなたまで」


「いやいや、セツキ。これは間違いなく序章だ」


「それは」


「わかっているなら無駄に勘繰って疑ってやるな。すぐ斥候を放て。将兵たちを中広間に集め、緊急軍議を開く」


「……ただちに」


 ファバルの命令にセツキはいやそうにサイを見たが素直に従った。男は部屋からでていく。


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