悪魔のアホ提案


 セツキがでていったあと、ファバルはサイに敗れて気を失っているカザオニを見て腕組みしてしばらく考え事をしていたが、やがて考えがまとまったのか、視線を移動。


 部屋の大惨事に片づけを考えている大男に留めた。


「ケンゴク、こやつは牢に放り込んでおけ」


っちまわなくても?」


「どうせ傭兵だ。あの豚が傭兵に必要以上の情報を与えているなどと思う方がどうかしている」


「……承知。奥の独房にでも」


「ああ、任せる」


 ケンゴクにカザオニのことを任せたファバルは続いてココリエとルィルシエに視線をやった。


 特にルィルシエに厳しい目を向けている。


「ルィル、部屋に戻ってお休み」


「怖いです」


 言葉自体は優しいが、ファバルは若干怒っている。ルィルシエがこんな時間にまだ起きているのが許せないよう。ま、たしかに美容と健康には悪いが、夜更かしなんて。


 が、ファバルの優しくも厳しい物言いにルィルシエは反論してきた。声は小さく震えている。


 昼間、自分を誘拐しようとした男がやってきただけでも怖かっただろうに、それが新しく奉公にあがる女戦士と戦った。結果的にサイが勝ったが、もしもを考えると怖くて怖くて……。それなのに、どういう根性と精神で部屋に戻れようか、どうして寝ていられようか。できない。


 ルィルシエの怖いという訴え。ファバルは途端に困ってしまい、視線を彷徨わせる。普段から娘に滅法甘いファバルなので最愛の娘が怖がっている事態は許し難い。


 でもどうするのか、と訊かれると困る。困ったがさらに二乗になるくらい困ってしまう。


「ルィル、我儘は」


「でも、お兄様っ」


「ルィル、いいコだから。な?」


「うー……っ」


 ごねるルィルシエにココリエが言い聞かせようとするが、ルィルシエの瞳に涙が溜まっていくのを見て顔がひきつってしまう。泣かれると困る。だが、だからといってどうしたら? と、思っていると、ずっと親娘、兄妹のやり取りを傍観していた者が口を開いた。とても無責任に。


「連れていけばいい」


「は、はあっ!?」


 いきなり突拍子もなくふざけたことを口走ったサイに王族ふたりが思わず声を大にする。サイはその声を迷惑そうに聞き流していたが、ついっとルィルシエを見た。


 女戦士の瞳は少女をじっと見ている。


 いきなり一緒していいと言ったサイにルィルシエは口を開けて呆ける。サイは構わず続ける。


「ひとりで部屋にいる方が危険かもしれぬ」


「い、や、待てサイ。阿呆なことを言うな。腰が抜けるだろうが、ルィルを戦場になどと冗談」


「冗談は好かぬ」


「なお悪い!」


 ファバルの突っ込みにサイは面倒臭そうに耳を搔く。


 サイはサイなりに考えてものを言っている。

 部屋にルィルシエひとりを残しておけばいい的だ。


 そんなことをすれば昼の二の舞どころか今度は本当に誘拐命令者の手に堕ちる。それはファバルやココリエの望まぬ展開である。それにサイは一応の持論を持っている。


「本当に大切ならば離さないことだ」


「だがっ」


「絶対に守ってやる自信がないのか? 私がお前たちの立場ならば大切な者は凄惨な場に連れていってでも、死んでも守ってみせる。目が届かない場に置くより安心だ」


 サイの言っていることは正しいし単純だ。守ってやればいい話なのだ。それを拒むのは自信皆無の証。皆無、までいかないまでも自信がない証明である。


 自信があるのならば目の届く場所で安全を確保してやる方がいい。特に敵方の狙いはルィルシエに固定されているふうであるし、うまくすればいい囮になる。


 が、やはりそれは危険がすぎる。賭けがすぎる。うまくいかなかった時の代償が大きくつく。


 もしも、ルィルシエになにかあったら、ファバルは心臓が止まるかもしれないくらい彼女を大切にしている。


 いくらよき点、利点があろうとも大切な愛娘を危険な場所に置くのは躊躇われるというもの。


「言っておくが、私は己らのようなびびりではない。勝率九割がない危険な賭けなどしない」


「……勝率が九割も見えるのか?」


「勝率は見るものではない。つくるものだ。カザオニとの一戦も勝率は限りなく零に近かったが余裕を持って倒せるだけの策を練ったし、持ちあわせていた。雑兵などものの数ではないと知れ。私は防衛戦だろうと特攻戦だろうと戦ってみせる。ルィルシエは命に代えてでも守ろう」


 サイの強い言葉にウッペの王族たちは思わず声を失くしてしまう。あまりにも強靭な意思と決意そしてすさまじい胆力は本当に雑兵と比べられないほど勇ましい。


 それが、そんないい女がルィルシエを自らの命と代えてでも守ると言っている。これでサイの提示する賭けに乗らなければ臆病な、肝のない駄犬に等しい将だ。


 これは乗ってやるしかない、とファバルはため息。


 ルィルシエは驚くやら怯えるやらでサイにしっかりとひっつくが、サイは離れようとしなかった。夕餉を一緒した時はルィルシエを避けまくっていたのに、そばにいる。それだけでルィルシエは安心できた。安心してサイにくっつく王女はしっかりと気を引き締めてついていった。


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