悪魔と王子の話しあい


「騒がせてすまぬ」


「……私はどれほどの狭量か」


 ココリエのにぎやかさへ対する謝罪に突っ込んだサイは畳の上ですやすや眠っているルィルシエを抱えて自分が先まで寝ていた布団に運んで寝かせた。心狭くないと主張したサイはルィルシエを見て仕方ないコ、と言いだしそうな色を瞳に宿している。発見してココリエは微笑む。


 ココリエに笑われてサイは途端に苦い色を瞳にうつしたのでどうやら純粋で正直な者らしい。


「サイは優しいな」


「優しくなどない。弱い者へ当然の施しを」


「ははは。それを優しい、と言うのだよ」


「……。それより、本題はなにか」


 ルィルシエが深くしっかりと寝ているのを確認してサイはココリエに話を振る。本題を訊く女戦士は瞳に鋭利さを宿している。綺麗な刃の瞳が冷たく凍てついて輝く。


 サイの瞳を見て、ココリエは敵わないな、とばかり頬を搔く。夕餉の膳を廊下にまとめてだし、ココリエはサイが望んだ通り、本題に入ってくれた。真剣な声。


「メトレットの暴挙は目に余る」


「ふむ、全面交戦か?」


「そう、だな。そうなるだろう。それも直近でその戦は起こる筈だ。あの兄弟が諦めない限り」


「?」


「メトレットがいやがらせをはじめた理由。これが鍵になっているのだが、なにかわかるか?」


 突然ココリエがはじめた質問にサイは瞳にイミフを揺らした。質問されたことがイミフ。だが、質問自体はとても簡単で単純な答がすぐに見つかる。なので、サイは一応横目でちらっと眠っている王女を確認し直してから実に素っ気なく、興味の欠片もなさそうに答を寄越した。


「ルィルシエ、か」


「そうだ。あそこの、メトレットの現王、テシベルがルィルを嫁に寄越せ、と父上に言ってきたのが発端だ」


「断った理由は豚に似ているからか?」


「うーん。サイ、本当に口が悪いな。でも、父上と同じことを言っているので非常にアレだが」


 アレってなんだ? と、サイはふと疑問に思ったが話が途切れると面倒臭いので疑問を潰す。


 自らの中にある疑問をぶちっと潰して続きを聞く姿勢になるサイにココリエは優しく笑った。


「メトレットにルィルを嫁がせてえられるものは少ないというかほぼない上に不穏な噂もある」


「なにか。人身売買でも?」


「……。サイ、読心術か?」


「阿呆。できるかそんなこと。適当に言っただけである故気にするべからず。さっさと続けろ」


「……。えっと、余は構わぬがセツキの前では控えた方がいいと思うぞ、その暴虐的な無礼」


 ココリエからの忠告をサイは鼻で笑う。セツキが怖いなどとしていられるか、みたいな態度。


 この城で一番怖いひとを鼻で笑うサイの度胸の方が怖い気がしてきたココリエは話を続けた。


 今朝サイが見た通りでも、メトレットとの小規模で醜い小競りあい、とやらを教えてくれた。


「戦の規模は本当に小規模。だが、今後はわからない」


 業を煮やしたメトレット勢が総攻撃を仕掛けてくれば多少なりウッペにも被害がでるのは普通だ。今までの小競りあいで死者がウッペ側にでなかったのは奇跡である。しかし、それは小規模な戦であったが為にそうだっただけだ。今後は死者や負傷者が山ほどでてくることだろう。


「戦国に悪名高い高給取りの鬼を雇い入れ、ルィルを誘拐しようとした。あの切迫さは異常だ」


「うむ。今夜にでも来そうだな」


「え、今夜はないだろう? 誘拐が未遂になって」


「だからだ。外部の鬼を以てしてもなせなかった。やけになってしまう可能性は十二分にある」


「……。そなた、遠慮というものを」


「そのようなも」


 サイの瞳に再び嘲笑が浮かびかかって突然、サイは言葉を不自然に止めて耳を澄ませた。


 瞳はいつの間にか嘲笑ではなく警戒に彩られている。強く警戒しているサイは座ったままココリエに黙っていろ、と合図を送った。ココリエはサイにしっかりと頷く。


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