招かれた先にいたのは


「ウッペ国王、ファバルだ。子らが世話になった」


「……王? 子?」


 部屋は一階。場所はそんなに深くは入っていないが、それでも平の使う場所ではないことを示すように威厳を持った襖だった。だが、まさか王がでてくるとは予想外だ。


 なので、部屋に入って中にいる知らない顔が自己紹介した時、サイは少し、ほんの少々の間たしかに固まった。淡い亜麻色短髪に海色の瞳を持つ男性は微笑んでいる。


 ただ、固まったあとはセツキの視線に刺されて不承不承ながら頭をさげたサイは一応自己紹介しようとしてファバルを見たが、王は手でサイの自己紹介を止めた。


「堅くなることはない。それより礼を。娘を、ルィルシエを助けてくれたことに心より感謝を」


「私はなにも」


「いや、セツキたちから話は聞いている。正直、肝が冷えたよ。もし、そなたが居あわせなければどうなっていたか想像すると悪寒がするし、反吐があがってきそうだ」


「吐くなよ」


「ものの例えだ。本気で取るな」


 サイの返した言葉に苦笑いの男、ファバル王が今度は愉快そうに笑ってサイをまっすぐ見つめてきた。真剣な眼差しに宿っている鋭さはなるほど、王というだけのことはある。普通の肝しか持たない者ならば射竦められてまともな口が利けないことだろう。そういう鋭利さがある。


「それに、ココリエへ差し向けられた暗殺隊をも仕留めたと聞いているぞ。お手柄だな、サイ」


「知らぬ」


「ウセヤであなたが屠った者たちです。生き残りが残らず吐きましたので間違いはありません」


「で?」


 で、じゃねえよ。と思っているのは部屋の中でケンゴクだけではない。もうふたり、呆れる。


 ファバルの背後で控えているココリエとセツキがそれぞれ胃やらなんやら痛そうにしている。


 しかし、だからといってサイの態度が改まるわけではないので痛みは一向に去らない。憐れ。


 なのに、ふたりが胃痛やら頭痛を抱えているのに、王はなんとも呑気なもので用意されていた茶をすすっている。そして、ここからが本題とばかりファバルは膝を打つ。


「実力者は大歓迎だ」


「人間語を喋れ」


「雇われる気はないか」


「……。頭、病気か? 己は脳味噌膿んでいるのか?」


 言ったった。サイは己の中の疑問を正直にファバルへぶつけた。だが、この暴言はない。一国の王に向かって脳味噌が膿んでいるのではないか、などと普通訊かない。


 ファバルの発言が突拍子ないものだったのはたしかに悪かったがそれ以上にサイの口が悪い。


 サイが普通でないのは知れたことだったがまさかここまでと思わなかった。王にも暴言って。


 頭が膿んでいるのはサイの方だ。


「メトレットとのことで頭が痛い今、あまり多くの兵を抱えるよりもひとりの実力者が欲しい」


「イミフ」


「簡単に言うとそうだな。隣国からいやがらせを受けているのだ。無能な豚風情からちまちま」


「私に不安要素がないと思っているのか?」


「いや。だが、それ以上に魅力的な確定的要素としてあるその実力を買いたいのだよ、サイ」


 ――なに言っているんだ、こいつ。


 サイの正直な瞳が雄弁にものを語っている。女はファバルのイミフを心の底から不思議がっている。こんな身元不詳の変な女を雇いたいとかやはり頭おかしい……と。


 超失礼だが、サイなのでまあ仕方がない。彼女に一般常識を求める方が酷だ。常識の「じ」の字もないのだから。


 常識がないことを、サイにいわゆる「普通」が通じないことをファバルはしっかりと把握しているのかサイの心の内を瞳に見て笑っている。とても愉快そうだ。


「私は」


「入国経緯などはどうでもいいさ。どうせこの国、この戦国島は密入国者が結構いるからな」


 いいのか、それは。不法入国というか密入国が多いというのはけっしていいことではない筈。


 だというのに、ファバルはまったく気にしていない。まるで気に留める価値もない事柄であるかの如く。たいした肝をしていらっしゃるご様子、とサイは呆れた。


 ある意味普通なのかもしれない。だってそう、国を運営するだけでも大変なのに勝手に入ってくる者を気にするなどと、それによって胃を痛めるなどと無駄だ。


 無駄な痛みを負う必要などない。それをファバルはしっかとわかっているのだろう。でなければ胃潰瘍街道まっしぐらだ。安全柵もなくなのでそのまま直進行である。


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