風呂あがりに出待ちがいた
「ふぅ、やはりさっぱりするものだ」
「うふふ、よかったですね、サイ」
果たしてよかったのだろうか、と思っているサイは微妙そうにルィルシエへ首を捻っておく。
こんな見ず知らずの場所でゆったり湯につかるとかのんびりしてもいいのだろうかと思ってしまったのだ。普段から緊張を隣に背に置いているのであまり嬉しくない。
それに風呂に入っている間中ずっと視線が痛かった。ルィルシエが本当に食い入るように見つめてきていたのだ。しかし、サイは疲れていたのでノー突っ込みだった。
それで余計にじろじろ見られたのだが、すべてが今どうでもいいので構わなかった。視覚情報を取りだして売れるとかそういうハイテク時代ではなさそうだし、心配ないと思っておいた。というか、そうでも思わないと気になって仕方がないほど視線が熱かった。焼け焦げるくらい。
「お」
「む」
ルィルシエの視線に参っているサイが風呂から脱衣所にでて借りた着替えを教えてもらいながら着て外にでると、ひとが待っていた。待っていたひとは笑っている。
なぜ笑われているのかわからないサイは不機嫌そうに瞳を揺らした。それに対する笑顔のひとはことさらに笑う。目はサイが着ている着物を見ている。淡い黄緑色に色鮮やかに紫陽花が刺繍されている上等な一着はサイに着られて輝いて見えた。美貌共々眩しい。
「なにがおかしい、ケンゴク。己の頭か」
「おい、どういう意味だ?」
「わからぬなら末期。頭蓋骨開いて脳を大掃除せよ」
「いや、死ぬだろう?」
「わかれ。死ね、と優しく言っているのだ」
「いや、暴言に優しいとかねえからな? んーむぅ、本当に大丈夫かねえ、こんな調子でよぉ」
ケンゴクの謎の言葉。イミフなサイは敢えて突っ込まずに放置しておく。突っ込んでもボケで返されたら面倒。そんな超面倒理由で放置したサイにケンゴクは苦笑い。
彼はしばらくサイが髪を拭くのを待っていた。自分ついでにルィルシエの髪を拭いてやりながらサイはケンゴクの待機にもっとイミフ。なに待っている、こいつ? とか考えつつルィルシエの髪の水気を綺麗に丁寧に拭き取ってやる。ルィルシエはサイの手に夢見心地状態だった。
気持ちよさそうにうっとりしていたルィルシエは終わった時、とても淋しそうにして見えた。
それを見てケンゴクはまたひとつ笑った。本当によく笑う男である。いっそ不自然なほどに。
「姫さん、サイを借りていっていいですかね?」
「え、さようならですの?」
「そいつぁ、俺が決めることじゃねっすから」
困ったようにこれ以上は訊かないでほしいと言いたげなケンゴク。ルィルシエはしょんぼり。
しゅんと落ち込んだ少女だが、すぐ気を取り直してサイに礼をひとつ。廊下を歩いていった。
なぜ一礼を受けたのかわからないサイは首を傾げ、ケンゴクを見た。大男は笑顔で答える。
「町で助けてもらったことへの礼、じゃね?」
「ふむ。たいしたことはしていないのだが」
「……。なるほど。たしかに相当清らかみたいだねぇ」
ふと、零されたケンゴクの呟きにサイははてな。なにを言っているのか、本当に脳の掃除が必要なのでは? とかかなり失礼に妄想しまくるサイに大男は手をひらっと振って「ついてこい」と示した。他にいくあてないサイは迷わずついていく。先でなにが待っていても構わない。
鬼がでてこようと閻魔がでてこようとサイは悪魔だから引けは取っていない筈、と変な妄想。
かなり頭可哀想な妄想をしつつサイはケンゴクの大きな広い背についていく。男は湯殿がある場所と同階の廊下をずっと進んでいく。そのことからサイは偉いひとのところではない、と勝手に想像していたので着いた場所にいたひとを見て、紹介を受けて少しだけ驚いてしまった。
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