お礼は要りません


「あの、ありがとう、ございます」


「たいしたことはして」


「とんでもない!」


 サイの言葉を途中で遮った少女は目に涙を溜め、サイが着ている外套を掴む。


 握りしめている指先は真っ白になっている。よほど怖かったのだろうが、サイからしたらとんでもない雑魚であるのでどうでもいい。それより、無関係でいたい。


 今すぐ即行で無関係になりたい。面倒臭いにおいしかしないし、なんとなく直感で関わってはいけない気がする。


「なにか、お礼をさせてください」


「不要」


「お願いです。させてください」


「自己満足に付き合う気はない」


 謝礼など不要だと言って少女の言葉を切り捨てまくるサイはさっさとその場を去ろうと思っているのに少女が裾を放してくれないので無表情で困る。サイは冷たいが、言葉も氷のようだが、どうやら自分よりも弱い者を無下にできないらしく少女を強引に突き飛ばす真似はしない。


 そうしようと思えば、大の男を殴り飛ばして重傷を負わせた力があれば非力な少女など簡単に振り払える筈だ。なのに、しない。どうしてか、できなかった。


「お願いします。このままなどと、助けていただいたことにお礼をしないなどという非礼はわたくし、許せません」


「さようで」


「そうで……す?」


 聞こえてきた声に少女は硬直する。声はサイの口からでていない。サイは面倒臭そうに少女を見ているだけなので誰が喋ったのか知れないが、サイに負けず劣らぬ冷たい声。それはサイの背後から聞こえてきた。そのことにサイも気づいているのか、銀色の瞳には刃の鋭さがある。


 サイは背後にいる声の主に覚えでもあるのか、片手が何気ないふうを装って懐に伸びかける。


「おっと、その手、動かすんじゃねえ。そのままゆっくりこっち向いてその御方から離れな」


「……ちっ、だそうだ。放せ」


 もうひとつ聞こえてきた声。それはサイに降伏を呼びかけてきた。のだが、生憎サイの外套の裾を少女が捕まえたままなので振り向くに振り向けない。


 このままでは服に皺ができる以上にばっさりさくっとられてしまいそうなのでサイは早く振り返ってしまいたいというのに、少女はまた悪漢に遭ったかのように固まっている。サイの背後になにかとんでもなく恐ろしいものを見つけたように、見ているものを信じられない様子。


「おい、放せ、小娘」


「ちょ、こらっ無礼だぞ、お兄さんよ」


 サイの発した一言に突っ込みが入る。その声もまた聞き知った声なので、サイの瞳には苦み。


 サイは動くに動けずだが、このまま場が硬直しているのはあまりいくないので、首だけ振り向いた。そこには予想通りのひとたちがいたのでサイの瞳は苦みを追加する。


 サイの背後に立っていたのは山の中で出会った強者たちと抜けた先で話した青年、ココリエ。


「ルィル、こっちへ」


「お、お兄、様……? ケンゴク、セツ、キ……?」


「ご自覚はおありのご様子ですね、ルィルシエ様?」


「ひぅっ」


「そんなものを盾になさいますな」


「そ」


 そんなもの呼ばわりされたサイが文句を吐こうと思ってやめておいた。問題はこっちの方だ。


 サイを盾にしている少女。黒髪黒瞳の美丈夫、セツキが言うにはルィルシエ、というらしい少女が問題だ。いいところのお嬢様だろうとは思ったが、あの強者が「様」とつけているのでかなりの高位。人々に敬われるようなコだということさえわかればもう関わりたくないが増す。


 なのに、少女は、ルィルシエは先の不届き者以上にセツキにびびって身を竦め、サイから離れようとしない。ますます服の裾を握りしめてきた。雑巾絞るように。


「おい、いくらしたと思っている」


「いや、お前さん、そこか?」


「他になにを気にしろ、と?」


 この状況でなにを言っていると言いたげなサイだが、それは男たちの方がそうだ。なに言っているんだ、こいつ。みたいな、痛いひと見る目で全員がサイを見ている。


 サイの後ろには総勢五十数名の武装集団とセツキ、ケンゴク、ココリエがいる。よく見なくてもかなりサイは危うい状況に落ちているのに、サイはまったく気にしていないどころかいざとなったら逃げる気満々である。これだけの人数ひとかずからどうやって逃げる気か謎だ。


 どういう計画で逃げられるという計算が立つのか、立てられているかまじめに不思議である。


「いや、なんというか、いろいろと突っ込みどころが満載だがよ、お兄さん? どうやった?」


「イミフ」


「いみ、ふ? なんだそりゃ」


「ケンゴク、どうも意味不明を略したらしいぞ」


「へえ? って、略すほど長いか、これ? えー、つか、ココリエ様、よくわかりましたね」


「ああ、いや。その、少し話をして、な?」


 ココリエは若干セツキの顔色を気にしていたが、正直に白状した。これは誤魔化したら余計にひどいことになると思ったかなにかだ。ココリエは少し苦笑いを浮かべているが、目は心配そうにルィルシエを見ている。


 ルィルシエがいまだにサイの上着を掴んだまま、一向に離れようとしないせいだと思われる。


 不安そうにしている。ルィルシエの発した言葉からサイはココリエとルィルシエの関係を消去法で推測。ルィルシエはセツキとケンゴク以外の誰かを「兄」と呼んだ。


 つまり、ルィルシエと同じくらい品のいい青年は、ココリエは彼女の兄。まあ、言われてみれば似ている。同じような髪の色に瞳。顔の形もどことなく似通っている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る