活気ある町で……


「衛星携帯が聞いて呆れる」


 仕事で砂漠だとか密林にでかけることもあるサイはただの携帯ではなく地球上にいる限り電波を受信する衛星携帯を愛用している。なので、たいていは通信可能。


 だが、おかしなことに先ほどから携帯を見てみても通信エラーとしかでない。ここが地球ならどこであっても電波は届く筈なのに、エラー。……もしや、地球じゃない?


「こんにちは」


「おや、いらっしゃいませ」


「この子猫が可愛いですわ」


「五十五シンになります」


「では、それをください」


 ココ、地球ジャナイノ? と、サイがアホ極まることを考えていると隣で軽やかな声がした。


 何気なく隣を窺うとサイが通りすぎようとしたところに飴屋があった。そこに客がひとり来ている。背丈と声の調子からして少女だろうがずいぶんと丁寧な語調である。


 いいところのお嬢様とかかな? そのように結論をつけて興味もないので通りすぎようとしたが不意に視線を感じた。かなり強い上にどことなく鬼気迫った空気。


 視線はサイに注がれているわけではなかったが近い者に向けられている。サイは懐から手鏡を取りだしてそっと開く。そして、視線を送っている主を見つけた。


 男が三人。路地の物陰からサイの方を、もっと正確なところを言うと飴屋へ買い物に来ている少女を見ている。その目は遠くからでもわかるくらい血走っている。ちょっとしたホラーハウスに出演できそうなほど強烈な形相の男たち。寝不足のせいかくまもひどくて顔色も悪い。


 手鏡を閉じたサイは思考してみる。飴を待つ後ろ姿だけでも可愛らしい少女と強烈な顔つきの男たちに関連性は考えられない。ならば、考えられるのは……。


「おい」


「はい? わたくしですか?」


 思考をまとめたサイは少女に声をかけた。


 少女が振り返って不思議そうに首を傾げる。「なんの用事だろう?」感がむんむんにでている少女にサイはため息。知らない声に振り返るとは不用心にすぎる。


 少女の不用心さに呆れるサイだったが、少女の顔を見て静かに目を細めた。サイが予想した通り可愛い女の子だった。淡い亜麻色の長い髪に空色の瞳。小さくて可愛らしい部品でつくられた顔はとても可憐で上品。高貴な者であると想像するに易い。かなりよい身分なのだろう。


 振り返った女の子はサイを見て、その姿にしばし放心した様子だったが、はっと我に返ってにこりと微笑んだ。サイにはないお愛想を多分に含んだ笑み。眩しくてどういうわけか悲しくなってしまう微笑み。そこにサイは誰かを見た気がしてならなかった。が、今は置いておく。


「女子がひとりで不用心である」


「は?」


「売られたいのかと訊いている」


「え、わたくしが売られてしまうのですか?」


「他にどう聞こえる? 女のひとり歩きは危険だ。ある国では未成年者を誘拐して監禁暴行し、売春婦に仕立てて海外に商品として売り飛ばす下衆がいると聞く」


 サイの言葉を聞いていた少女はサイが一言発するごとに顔を青ざめさせていった。そして、怯えたように落ち着きなく周囲をきょろきょろしていたのだが、ふと、ある一点に目が留まり、硬直した。市場の数少ない陰の場。路地の隙間。そこにいた男たちと少女の目があったのだ。


「クソ、台無しだ! せっかくひとりでのこのこでかけてきたってのに……やってくれたなっ」


「想定内だ。ちょっと狂った程度だろうが。おい、そこの優男、その娘をこちらに寄越せ」


 少女に見つかったことに気づいた男たちが声を荒らげて路地からでてくる。手は短刀を握る。


 それだけで少女は震えあがった。


 だが、相手の男たちが何者なのか心当たりがないらしく、ひたすらに狼狽え、怯えている。さらには怯えがすぎるあまり少女はサイの外套の端を捕まえてきた。


 小さな手がサイの外套を掴む。そのことにサイは謎の既視感デジャヴを覚えた。それがなになのか、いつ見たのかを探す間はない。凶器を手に男たちが接近してきた。


「アンタ、男とは思えないくらい綺麗だな」


「……」


「おい、無視するな。男だろうと持っていくものさえ持っていっちまえば物好きに高値で売れ」


 男の脅し文句は途中で切れた。


 豪快な崩落の音。少女が思わず呆けた顔をする。サイと少女に近づいてきていた男のうちひとりが木材の下敷きになり、気絶した瞬間、町は一気に静まり返った。


 夜更けにサイが見た酒場の水を打ったような静けさとはまた違う。あまりのことに驚愕余ってみな、声のだし方を忘れてしまったような沈黙に空気が冷える。


「な、あ……?」


 すぐ隣を突風が通りすぎた感覚だけがある男ふたりは事態についていけていない。ひとりが思わず音を零すが、それも憐れなほどに無意味。残されたうちのひとりがついまばたきすると、その一瞬でまた事態が動きだす。


 華奢ながら固く握られた拳が男の眼前に迫ってきた。悲鳴もなにもかも間にあわず、男の顔に拳が一瞬だけ埋まって離れていく。衝撃に耐えられなくて吹き飛ばされたのだ。顔面の部品が着弾点に集まって崩壊しそうな衝撃は男の鼻骨をへし折り、前歯を歯茎から残らず外した。


 歯を零しながら飛ばされた男は地面に転がり砂埃を舞いあげる。土の地面に零れた血と歯が人々の背筋に氷柱を押し当てる。もうひとり残されている男はその場でへたり込んでしまった。サイへ向けて最初、誘惑にも似た「綺麗だな」を零し、惚れ惚れした視線を向けた男は震える。


 どうやらくだらない悪運があるらしい。そんなことを確認してサイは男へ冷たい一瞥をやる。


「この場から消えるか、この世から消えるか。……選べ」


「ひ、ひい、ひいいいいっ!?」


 サイの脅しに男は一瞬以下で屈した。


 わたわたと手足をばたつかせて不格好に逃げはじめた男は敗れた仲間を見捨てて逃げていく。


 男の連れたちは気絶したまま。動かない男たちを助ける者はひとりもいない。人攫いのような真似をしようとしていたのを見ているので、町人たちは見ないフリをした。


 ひとり正義漢気取りがどこかに走っていくのが見えたがサイはなにも見なかったフリをした。


 だって、面倒臭い。今し方、助けた少女からは関わってはいけない雰囲気がむんむんにでている。だが、少女はそれでサイを逃がしてくれる気はないらしい。


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