山中を駆けて
「ちっ」
緑濃い山の中。ひとつ響くのは苦々しい舌打ちの音。舌打ちした誰かが全速力で駆けていく。
途中にある木々の枝を叩き折り、立ち塞がる巨岩を砕いて山を奥に奥に進んでいく華奢な影。サイが山を最速で駆けていく。後ろは振り返らない。ただ駆けるのみ。
険しい山道を進みながらサイはわからないことにまた舌打ちした。不可解なことがあるのは不愉快でならない。
不可解さをある程度追及し、といておかないことは死に繫がる。深入りする必要はないが知らないことは愚かしさである。そういうサイ独自の認識でサイは苛立つ。
「セツキ、ケンゴク、か……」
つい先ほど出会ったばかりでまいたばかりの男たちの名前をサイは口に入れてそっと転がす。
明確な強者としての認識で男たちの顔と名前を脳内食堂で繰り返すサイは零れそうになるため息を押し留める。
一部の地域では平和であることが当たり前にあり、平和にまどろみ阿呆のようにボケている印象を抱いていたサイは今まで多くの危険に出会い、戦争に秘密裏で参加し、多くの死を築いてきた。強い者とも多く出会ってきたつもりだった。なのに、先の男たちは強さの桁が違った。
曖昧であやふやな意識でひとを殺すふざけた殺人者が跋扈している現代。なのに、セツキとケンゴクは命を重く捉え、それでいて明確な意思を以てして殺める。
ひとを殺しているところを目撃したわけではないが、命の考え方からしてそういう傾向。そう思われた。だからこそサイは少しばかり戦慄する心地となった。
「ありえぬ」
命を尊く、重く考えて殺す。相反する心と行動は理解できない。命の大切さはサイも知っている。ケンゴクに言われるまでもないくらい、痛いほどよく理解している。
「レン……」
鬱蒼とした山を少しずつ、それでも確実に奥から外に向かって抜けていくサイが呟く。悲しみを宿した嘆きのような声は過去に思いはせる。昔を思いながらサイは進む。
木々が好き放題に伸びて蔓延っているせいで陽の光がまったくない暗い山をひたすらまっすぐに進むサイはこの先になにが待っているか、考えていやになった。
深い大きな渓谷を跳び越え、崖をいくつか降下して着地しては山を越えていく。サイの体内時計で一時間ばかりがすぎた頃、ようやく木々の間に明かりが見えてきた。
サイは速度を緩め、慎重に光へと足を進める。木々の隙間から下を覗くと切り立った崖になっていて高さはおおよそ十数メートル。普通の人間ならば回り道するが……。
「軽いな」
サイは普通ではないのでそのまま直進降下を選択。下に誰もいないのを確認してサイは跳んでおり、無事着地。膝を伸ばしながら抜けた場所を見渡した。
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