愚策回避よって逃亡


 先んじられるのは愚策。即決してサイが動く。


 暗殺者はまっすぐにセツキを目指して飛びだす。セツキはなんとも言えない呆れ顔でため息。


 軽く動けなくなる程度に、と武器を振ったセツキだが予想外の展開が待っていた。セツキが武器を振ったと同時にサイが拳を振っていた。拳はセツキの持つ刃に直撃。


 男の手に伝わる信じられない衝撃。どう考えても人間ではなく、巨大な獣が突進したに等しい衝撃が手のひらから全身に伝わり、凶暴なまでの痺れが男の体を支配した。


 一瞬の硬直。その隙にサイはセツキの脇を抜ける。その目で見ていた筈なのにセツキは信じられなかった。不審な相手の拳はセツキが握る武器の刃を殴打しただけ。


 それだけであった筈なのにすさまじい衝撃でセツキの利き手が激しく痺れる。尋常でない力。


「っ……捕らえなさい!」


 なんとか号令を飛ばしたセツキだが、振り返った先にもうサイはいなかった。暗殺者はとっくに姿を眩ませ、危機的状況を一時凌ぎながらも脱していた。


「ケンゴク」


「どうも、ウセヤの奥にいっちまったみたいですね。こりゃ今を抜けられても生存は絶望的だ」


「この辺りの者ではありませんね。ウセヤの奥へと進むなどという愚を地元民は犯しません」


「ええ。俺たちもできるだけ裾の方を通りましたし、奥でなにがでてくるかわかったもんじゃ」


「ですが、かなりの実力者で間違いないでしょうね」


 セツキの確認にケンゴクは苦笑。


 大男は男の見ている先を見て苦笑を深めた。無惨にかばねとなったメトレット兵たちが転がっている。その亡骸すべてに共通しているのは恐怖の表情のみ。


 なにかとんでもない化け物にでくわしたかのような、海外国の宗教ででてくる空想の存在、悪魔に出会ったかのような通常起こさないだろう恐怖に染まって男たちは死んでいた。ウセヤ山の奥にいってしまった逃亡者を捕まえるのは諦めざるをえない。追っても被害が増えるだけ。


「獣に荒らされるでしょうが、簡単に墓を」


「へい、承知。おめえら、そこらにあるのでいいからなんか適当によさげな岩持ってこい」


 セツキのせめてもの供養に同意したケンゴクが連れてきた兵たちに命じ、自分は血で汚れることも構わず死体を運び、サイがつくった地面の大穴に亡骸を入れ、埋葬。


 セツキは墓づくりを手伝わず、山の奥を睨んでいる。左手は無意識か右腕をさすっている。


「大将、大丈夫ですかい?」


「少々、よすぎるものをもらってしまいました」


 よすぎるもの。相手の鉄拳をそう評したセツキはいまだ小刻みに震えている右手を見つめる。


「帰ったらハチに」


「それには及びません。ただ、強烈だったと」


 言って苦笑したセツキはそれでも、なおも山の奥を無念そうに見つめていたのだった。


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